脱稿とモーターサイクル願望


あたらしい山羊王子の台本(おそらく最終稿)をみなさんにお渡ししての稽古。最近は毎回見学者がいるので、いろんな方に稽古場の空気を見てもらえて、とてもありがたいと思う。通して読み、きになったところを共有していく。前日の夜までさわっていて、他の仕事もしながら印刷して持っていったので、ヘトヘト&ドキドキで変な日本語ばかりしゃべってしまう日だった。すみません。たとえ話で、ふるいインターネットの話とか急にしてしまい、でも若い方には伝わらず、正しく歳をとっているなと実感する。

大橋の稽古場までは交通費がけっこうするので、じわっと途中まで自転車で行ったりして浮かせている。原付かバイクがあれば……10月に中型免許をとるぞ、なんて調子良いことを言っていたのだが、かなわぬ夢で終わりそう。原付だけでも買うかなあ。だれかくれないかなモーターサイクル。

昨日までの仕事をむりやり片付けたせいで、体がとてもバキバキだ。でも明日も打ち合わせがあったりして、できればそこで持って行きたいデザインもあるので、やって寝るしかないな。今夜は韃靼そば茶なんて飲んだりする。


レンジ調理に甘える秋


最近は食欲が復活してきたので、電子レンジをつかったレシピをいろいろと検索して、できるだけ火が通ったものを食べるようにしている。キャベツなどを蒸して、ポン酢と黒胡椒をかけたりすればとてもしっかり食べられるし、調子もいいような気がする。

レトルトの麻婆豆腐もレンジ調理ができることを知った。ときどきとっても食べたくなるけど、クックドゥや丸美屋でさえ、元気がないときは億劫になってしまう自分にはうれしい発見だった。フライパンを使わなくていいし、時間もかからないので、これこそライフハックだとおもう(ハックするほど複雑なライフでもないが)。ふくちゃんに、そうやって麻婆豆腐を食べたと言ったら「料理名のあるものを食べている!」と言われる。ひどいときは素材そのままだったり、さけるチーズとトマトジュースばかりだったもんね…。

寒くなってきたので、あったかいお豆腐がおいしい。お味噌汁もときどきつくる。冬に向けて、ただしく支度しているかんじがする。いろいろ落ち着いたら、おいしい水炊きがたべたいな。

カレンダーも変えてなかったり、停滞している部分はそのまま放置だったものを、稽古に行く前にちょっとずつ手を入れる。とめてしまっている仕事もあるのではやくかたづけねば。


贈りものとプロジェクター復活


色々なところへチラシを置いてもらいに出かけて、某所へご挨拶に行ったら、職員さんから呼び止められた。渡すものがあるから、と言われ、なんだろうとドキドキしたが、お世話になって遠くへ行かれた方が「好きと言っていたから」と、その方に預けていたらしい、ある作家さんのポストカードを手渡された。原画を買ってしまうほど好きな作家さんで、いつかそんな話をしたのかな、それを覚えていただいていたようで、ときを超えて素敵なプレゼントをもらってしまった。とてもとってもうれしく、かつ混乱してしまい、えっ、えっ、ほんとに、と聞き直してしまった。はずかしい。でも、続けていけるぞ、がんばろう、と思った。

また深夜の作業が増えている。身体を思うようにコントロールできないので、くたばってしまう前にやらなきゃ、という感じでそういったサイクルに陥っている。

やる気を出すツールとしてしまっていたプロジェクターをふっかつさせて、何度も観ているすきなDVDを壁いっぱいに映しながらやっていて、これはなかなかいい方法みたいだ。内容は知っているので頑張って見る必要はないけど居心地がいい感じ。お酒を飲んでいたらちょっとむずかしい日が続いているので、いろいろな紅茶を日替わりで飲んでいる。寒くなってきたんだな。


洗濯とラメラメと獣ゆく細道


今日は一日じゅう雨が降っていたが、洗濯機を3回まわして(色落ち対策)、掃除をしたり、荒れていた生活周りをすこし改善した日だった。太陽が出ているよりも風がある方が洗濯物は安全に乾くということを知ったので、最近はあまり気にせずお洗濯できるようになった。お昼にはふくちゃんからお土産でいただいたポン酢を、茹でたオクラにかけて食べることができたのでよかった。とてもおいしかったよ、ありがとう。

夜はまた打ち合わせ。家の近くにしてもらえて、とても助かった。スタバでラメラメの入ったハロウィン限定でキャップがカボチャになっているボトルが売ってあり、「自分が小学生だったら絶対に欲しがっただろう」という話をした。ラメラメ、キラキラがうれしかった時代が私にもあるよ。

先日新曲で出たばかりの、エレファントカシマシ宮本浩次と椎名林檎のコラボ「獣ゆく細道」がとても好きで、なんども聴いてしまう。これが流れたこの時代に生きていてよかった!というレベルでのよろこびで、聴くたびに勇気凛々となる。トータス松本との「目抜き通り」とは完全に別の道を行っていて、その時一緒につくる相手でどちらも行き来できる林檎さんの変幻自在さが最高だとも思う。

新しめの音楽では米津玄師を(とくにLemonのアルバム)聴いていたけど、今年は好きな曲がどんどん出てきてびっくりするなあ。


いろいろな嗜好品と広告の話


ここ2日ほど、急に寒くなってしまい、うまく身体がついていかない。9月はあっという間に終わってしまったし、「山羊王子」も情報公開してしまったので、本当にエンジンを全開でやらなければならない。がんばります。

寒いのがとても苦手なくせに、そんな夜でもウイスキーをロックで飲んでしまう。最近あらたに飲んだのはラム(ウイスキーじゃないけど)のキャプテン・モルガンと、バーテンさんにおすすめされたスコッチのグレンモーレンジ(だったと思う)。ラムはどうしてもラムレーズンのイメージが強く、スイーツだなあと思った。さとうきびが原料だなんて知らなかった。スコッチは飲みなれたらもっと面白いんだろうな。メーカーズマークの味になれているから、なるほどそっちか〜という感じ。外で飲むと新たに知ることが多くて面白い。とはいえ弱いのは事実なので、家で飲む時は一杯しか飲まないよ。

ウイスキーと紅茶はマリファナ(語弊がある)的扱いで、コーヒーとはまたちょっと違う位置付けになってきている。もちろんコーヒーもすきだけど、どちらかというと思考を仕事に向かわせるため、マリファナではない(語弊があるってば)。

先日はじめてタバコを吸った。あんまりよく覚えていないが、火をつける・息を吸うことをこんなに意識する儀式もない気がする。なにか救いがあるのならいいかもと思ってやってみたのだけど、一本で2回ほどむせました。

そういえば「タバコは女性の自立の象徴」というアメリカの広告が「直接的なメリットを伝えず、かけはなれたイメージを関連づけるもの」として広告史ではじめて扱われたっていう話をしてくれたのは誰だったかしら。それでタバコがアメリカの女性に普及したっていう話。

なんていうか、もし自分が大きな広告会社の人間だったら、少なからず全能感を持ってしまうんだろうな、と思う。イメージづけによって人の考えを操る神になってしまう人間もいる。それは、「世界を変える」っていうかっこいい言葉にすりかえることもできるんだけど、良し悪しだなあ。しかし「イメージづけ」をするのは広告に限ったことじゃない。演劇だって、デザインだってそうだったと気づく。まあ、まったくスケールのちがうお話ですが。酔っているので今日はここまで。


飛び込みで髪を切った話


精神の調子があんまりよくないなと思い、近所に髪を切りに行った。ふざけた気持ちでついでにパーマもかけてもらい、くるくるのショートカットになった。飛び込みでいったくせに、楽しんでやってくれてよかった。またいける美容室をやっとみつけたような気がする。(パーマを待つ間、アルコールを頼めたのも最高だった。あんまりないよねそんな店)

髪を切ってから何人かと打ち合わせなどで会ったが、全員から絶対にそっちがいい、性格にしっくりくると言われた。今まで伸ばしてきた理由はとくになくて、本当にただ切りに行くのが面倒なだけだったのだが、切らなきゃと思ったのは、好きな服を着ていた時に「某アイドルにいそうだね」と言われたのがきっかけだった。アイドルたちはなにも悪くない、でもそう言われたのはなんというか、大変個人的に「あ、無理」だと思った。この気持ちはおわかりいただけなくてもよい。

小松未歩も「前髪を切っただけで生まれ変われちゃうそんな考え方が好きよ」と言っていたし、髪は大事なんだな。近所にいいところを見つけられたので、これで安心して切りに行ける(レモン酎ハイも飲めるし)。


だめだめ。


ボトルコーヒーなんてだめだめ、と思っていたのに、UCCのアイスコーヒーを飲んでから美味しいし楽!と気づいてしまい、すっかりアイスコーヒーはボトルで買うようになってしまった。便利さに負ける。ホットコーヒーはいまだに豆を挽いてドリップしているのだが、アイスコーヒーをうまく作るのが苦手で、まさかここに落ち着くとは思わなかった。そういう、「だめだめ」が覆されるのがちょっと嬉しかったりする。

土井善晴先生の『一汁一菜でよいという提案』という本がとても好きで、いろんな人におすすめしまくったり貸したりして、どこにいったのか今手元になくなっているが、この本も「だめだめ」を、家庭料理の神様とも言える土井さんが「ええよええよ」と言ってくれるすごい本なので、ぜひみんなに読んでほしい。生活はたのしく。

しかし一汁一菜でよいと言われながらも最近は本当に食欲が出ず、ペンギンハイウェイのお姉さんにでもなってしまうのかななんて妄想をする(私もペンギンを出したい)。体重は落ちてくれているようだが、顔は丸いままだし現実は思うようにいかない。トマトジュースだったりポタージュだったり、相変わらず一人でいると流動食ばかり食べていて、今日は無理して買って来たお惣菜を食べたら2時間くらい機嫌が悪くなってしまった。食事によってこんな気持ちにさせられるなんてかなり面倒な体だとおもう。が仕方がない。まだまだ暑さで身体が火照ってしまってるし、またトマトジュースを買いに行くしかない。そしてそんな自分もだめだめ、と思わない方が結果として健康に良いと思っている(だめだめ…)。


あたらしい仕事鞄


2年くらい使っていたPC用のバッグが、ぼろぼろになってしまったのを友人の鞄屋さんに見つけられてしまい、とてもよい感じの革と帆布の鞄をおすすめされて購入した。(ありがとう。)メンズ向けに販売されているもののようだったが、いつも使っている帆布のリュックサックもユニセックスのものだから気にならない。むしろ「女性用」とわかる鞄はいろいろと機能に制限があったり、持ち手が細すぎたりするので、PCと手帳や本を入れて運ぶには大変だったりする。すすめられた鞄は機能性重視という感じで、かつ見た目もすてきだったので、かなり気に入ってしまった。早く使いたいな。

革や帆布のものがとても好きだ。丈夫で長持ちするし、あまり性別を主張しないのでよい。京都で買った一澤信三郎帆布のポシェットももう4年ぐらい使っているし、前使っていた仕事用鞄も革のものだった(それも、使いすぎて底が破れてしまった)。ブランドもののバッグなどには興味がないが、そういった「長く使えるいいもの」に対して価値を感じすぎていて、かなり弱い。ただ、鞄屋さんは魅惑的だが、欲望のままに買えない金額だから助かる。

その友人によれば、今は軽い鞄の方が求められることが多いんだそう。確かに機能的には軽い方がいいのだろうけど、そういったものが好きな人間からするとすこしさみしい気持ちになる。今回もきっと酷使してしまうだろうけど、できるだけ長く使えたらいいな。


大きなアセビと暮らす


7月末に買った大きなアセビの枝が、いまだに部屋に存在していて、驚いている。太い枝ものは長持ちするよとは言われていたが、少しずつ葉が落ち最初ほどの元気はないものの、まさかここまで続くとは思っていなかった。アセビは食べたら毒があるらしく、買って来てその情報を知ったときは、「この葉っぱを全てミキサーにかけてスムージーにすると」、という結構ヤバめの想像などをして遊んだ気がする。木があるだけでホッとするので、おかげさまでそんな気持ちは起こさずにすんでいる。

今週は結果的に大きな動きのあった一週間だったわけだが、にしては、淡々と日々を過ごしていると思う。いわゆる「第三者的な目が上にあって自分を見下ろしている感覚」は小さい頃からときどきあったけれど、今はまさにそういう感じで、次にわたしがどう出るのかを見ている。そうすることで色々な考えなければならないことから逃げているのかもしれない。

ある劇作家とお昼ご飯を食べていた時、その人がいま書きはじめてしまった小説の話になった。人情芝居を書くのが上手い人(だと勝手に思っている)なのだが、その人はイタコタイプの作家で、書いていたらいつのまにか物語が進んでいるという。これは少し自分にも似ていると思う。それで、いつの間にか紡がれた話に、後から感動して「そんなことが起きてしまうのか」と自分で作った作品に落涙するのだという。そういえばこれも自分に似ている。

作家が作品に自分で感動してしまうなんてエゴがすぎるのかもしれない。しかし、自分のグッと来るレベルを超えていないものを外に出すなんてそっちのほうがお客さんに失礼だよななどと、サイゼリヤのカプチーノを飲みながら思った。むしろその「自分で感動しちゃう」ことで、淡々とした生活が救われるかもしれないと少しばかり思っている自分はかなり面倒な人間だと思う。


衝動とポタージュ


心の落ち着かない出来事があり、それを考えることで一週間が一気に過ぎていった。さいわいそのことについて話せる人がいて、色々な人と話すきっかけにもなり、私にとってはより考える機会が増えて良かった(と思い込むことでセーブしている)。

料理する気力なんて全くなかったのに、こういうときに限って夜な夜なかぼちゃのポタージュを作り出す。

小さいスムージー用のミキサーで撹拌したのだが、これは今後面倒だと思い、いつかメルカリで稼いだポイントでハンドブレンダーをポチる。おいおい。

しかし、もともと元気がすくないにんげんなので、こういう時の衝動から生まれる無駄な行動力を味方にするしかない。どっちに転がったとしても、動いていることのほうがきっと良い。

食欲がないときに野菜のとれるポタージュはとてもいい(お味噌汁よりも飲みやすいときがある)ことに気づき、きっと今年の冬はさまざまなポタージュを作り出すことになるだろう。じゃがいもなんて安いし、きっと良いだろう。そういうことにする。


いろいろな飲み物の話


昨日は食のことを書いたので、今度は飲み物のはなしでも書くことにする。

家で色々飲み物を飲めるようにするのが好きで、コーヒー、紅茶、緑茶、麦茶、炭酸水、冷たい抹茶をいったりきたりして飲んでいる。抹茶は、伊藤園の抹茶粉末をペットボトルの水などに入れて振って作る。いつか唐人町のマミーズで買った抹茶loveという最高な飲み方を家で実践するために粉末を買ってきた。牛乳も常備しているので、アレンジもいろいろできて良い。

この夏はとくにアールグレイティーにはまっている。口がおこちゃまなので、ちゃんと香りがするとうれしく、スタバで打ち合わせをする時もよく頼んでいる。ミルクティにしてもおいしいし、すごく疲れた時に飲むと癒される。麦茶と同じやり方で水出しもできるし、朝ホットでつくったもののあまりを冷蔵庫に入れて飲むのも良い。

昨日は久しぶりにコーヒー豆をミルで挽いてハンドドリップして多めに淹れた。カフェインのおかげで仕事がすんなりひとつ済んだので、やっぱりコーヒーはすごい。こうして、食欲とはうらはらに、飲みたいものが多すぎて飲みきれない状態が生まれている。

アルコールはほとんど飲まないが、今年とつぜんウイスキーにめざめて、バーボンだけはときどき飲むようになった。メーカーズマークをロックでちょっとだけ飲む。香りが好きで、量が調節できて良いし、翌日に残らないから気を抜きたい時に飲むことにしている。ビールいっぱいでベロベロになることもあるのに、ウイスキーはチェイサー入れつつ外で3杯飲んだときも気分が悪くならなかったので、わりと相性が良いのだと思う。

年上のお姉さんといつかお酒の話になり、この話をしたら「かわいくなさすぎる、せめて梅酒とか飲んでて欲しかった」と言われた。


仮想通貨と偏食と約束


仮想通貨について、少しも知らないから世の中を知るために勉強しようと思って、いくつかメール配信しているところに登録してみていたけれど、機会損失をうたって「入金しなさい」ってばかりうるさいので、やっぱり気持ち悪いねと思って離れた。お金はやっぱりあるに越したことはないが、今はお金だけあっても仕方がないな。

仕事をかなりセーブしているので、本当は頑張らなければならないのだが、焦りを超えて大丈夫マインドになってしまっている。このまま貯金を使い切るまでいってしまうかもしれない、なんてね。少しずつやっていきます。

体質的なものだと思うけど、本当に体がうごかなくなってしまうと季節問わず一日中寝てしまったりする。ここ数日はこうして文章を書いたり、とりあえず手はうごかすことができているので助かる。何か食べたいけど、別に何も食べたくないという面倒な欲求に対応するために、今日はとりあえずあったら食べるかもしれないものをスーパーに買いに行った。

今のところあったら食べるものリスト

  • さけるチーズ
  • 牛肉、コンビーフ
  • グラノーラ
  • アーモンド
  • アスパラ、ブロッコリー、トマト
  • トマトジュース
  • コーンかかぼちゃの冷製スープ

誰かと一緒に食べるときは割となんでもいけるのに、家だとなかなかわがままだ。偏食がすぎるが、けっこう食べれる物が増えてきた。これがひどいときは、液体ばかりになってしまう。料理ができるマインドになったら好きな野菜を煮たり、卵を食べたりする。会社に行っていたときはたまにお弁当をつくったりしていたし、結構食べれていた。そういうものだ、と思い込む力はとても強いなあ。

いつか生命保険の営業さんと何度か会って(結果契約はしなかったのだが)、その方もフリーの営業さんだったので、フリーランスで暮らすことについていろいろ話をしながら、やっぱり自由がいいとは限らないよねという話をした。約束や、ルールがないと生きるのがつらい。とはいえひとりでする約束ほど寂しいものはない。つまり早く稽古がしたいんだけどね。


怖い顔のクマの夢


めちゃくちゃ怖い顔のクマが出て来る夢を見た。ツキノワグマとか、そっちの方向じゃなくて、ブリグズビーベアのクマとか、アメリカンポップな感じの方向性の。でもクマはべつに攻撃性があるわけじゃなくて、ひたすら通り道に立っているだけで、つまり一匹ではなく通行人としての役割だった。クマのいる道をただ歩く。そういう夢。

クマの夢は強暴性や母性を意味しているらしい。しかし、ツキノワ系の熊に追いかけられる〜といった夢のことばかりで、ポップな方のクマの夢についても解説して欲しいけど、そういった夢は検索しても出てこなかった。

 

昨日は朝から部屋の片付けをして、作業スペースをしっかり広々と取れるようになった。テーブルの足元に大きめの収納を置いていたが、なかなか窮屈に感じていたので、別の場所に置くことにした。これで足をばたつかせられる。体にもいいかもしんないね。

話したいと思った人に連絡をとったり、まさかこの人から!という方から連絡があったり、心根がミーハーなにんげんなので、すてきな人と繋がっていけることがうれしい。しかしまだまだ自分に自信がないので、うれしさの反面だいじょうぶかな、ちゃんと話せるかな、なんてことも同時に思ったりもしている。よわっちい。


占いと休みます宣言


占いはずっと信じないタチだった。「結婚」とか「仕事」とか一般的なことしか語られないし、自分には関係のない領域だと思っていたのだけど、いま書いている脚本に「山羊座」が出てくることもあり、色々抱えている問題もあったので友だちに連れられて占ってもらったところ、なんだかカウンセリングとしてちょうどいいなあと思った。

占い、面白い。ただ、占われている、というよりも、表情とか、話す声、言葉遣い、仕草で、どんな人なのか言い当てられているように感じる。未来を詠むというよりも、観察家で、シャーロックホームズみたいだと思う。今、を知るのに良い。話しているうちに、自分が本当はなにを目指していたのか、忘れていた目標や、身体に無理をさせすぎていたな、とか、本当に細かく今の自分がどういう人間だったかを知れるような気がする。

自分の前職とも似ている気がする。仕事についてのことだけだったが、話をきいて、状況を判断して、どうすれば良いかを一緒に考えるような。対面の占いは医療機関ではないカウンセリング。うむ。

8月の頭から人間関係で少し大変な思いをしたのもあって、その問題がずるずると続き、正直かなり疲弊していた。ちょっとこれは良くないと思いTwitterで休む宣言をした。

休むぞ!と言い聞かせて暮らしていると、じつはやっていることは大して変わらないのだけど、かなり気が楽になった。自己肯定感も回復してきて、暗くなっていた視界が広がったみたいだ。本当はなにもしなくていいのに、今日はこれもやっちゃった!という、なぞのポジティブが身についている。今だけかもしれないけどね…。


アスパラと割れた砂時計


またもやホーリーと半日を過ごした。連日の疲れが出てしまったのか昨日は疲弊しきってしまい、休む宣言をしたのだけど、彼女が家を掃除する理由として私に来て欲しいと言われ、ただ家に行って、テレビをみて、話をして、ご飯をつくって食べるという平和な暮らしをして遊んだ。この平和さによって、精神的な疲労がかなり回復したように感じる。彼女の出身・壱岐でとれた、立派なアスパラガスももらった。なんというしあわせ…。

癒しが欲しくて私が犬や猫を飼いたいという話をするといつも彼氏ができるまではダメだと言われる。多分10回以上このやりとりはしているのだけど、そういうところも面白くてすきだ。そもそも私の家はペット可ではない。

今度はうちを片付けて、また近いうちに呼ぶことになった。

家に戻ると、15分測れるタイプの砂時計が割れていた。あまりの状態にびっくりしたのだが、そこまで深く落ち込むことなく片付けることができた。きっと何か他の形で私に降りかかろうとしていた不幸から守ってくれたんだろう、と、思い込むことにした。


ウインナーコーヒーについて


ウインナーコーヒーが好き、ということに、薄々気づいてはいたんだけど、そんなにいつでも売っているものではないからあまり関わりをもたないようにしていた。年明けに地元のドトールでちょうど良いクリームの割合のウインナーコーヒーを飲んだ記憶から、先日新天町のドトールで注文しようとしたらメニューになく、聞いても「うちの店にはないです」と言われて心がぽっかり空いてしまい、それからその穴を埋めるべく近所をさまようもベストなものが見つからず、どうしてこんなにウインナーコーヒーのことばかり考えなければいけないんだと悶々としている。

ちなみにちょうど良いクリームの割合、というのは、「スタバのフラペチーノのようなぐるぐるとのせるソフトクリーム形状」ではなく、「ティースプーンに山盛り1杯くらいのあわ立てたクリームが乗っていて、少し飲めば下にコーヒーが見える」、ぐらいが私にとっての適切なクリーム量だ。飲んでも飲んでもクリームがなくならないものは少しつらく、コーヒーを飲んでいる気にならない。

そんなに飲みたいのなら生クリームを買って作ればいい、と思うけど、実際ウインナーコーヒーのためだけにホイップしてどうするんだとも思うし、そのためにケーキなど作るのは何か負けた気がする。さらに家にはハンドミキサーがないから、泡立てるのも一苦労、どうやらレモン汁などをいれて(調べた)作るようで、色々とにかくめんどうだ。

ただ、さらに調べたところによると生クリームはあわ立てた後に冷凍が可能らしい。つまり絞り出して冷凍したクリームを凍ったまま熱いコーヒーの上にのせてそれが溶けるのを楽しみながら飲むという最高な遊びができることは分かった。しかし、ケーキ作りの後に余らせたわけでもなく「ウインナーコーヒー」ただそれだけのために大量にクリームをあわ立て、絞り出し、冷凍するスペースを用意するのは独身の小さな冷蔵庫しか持たない私にとってもはや…もはや…と落ち込む。

10代の時に色々なコーヒーの飲み方の載った本をどこかで手に入れ、アイリッシュコーヒーやマシュマロコーヒーなどと一緒に並んでいたウインナーコーヒーが、長い年月を超えてここまで人を悩ませるほど扉を叩いてくるとは思わなかった。生クリームは、おいしいが、面倒臭い。とても…。


欲望の部屋


夢の中に出てくる自分の部屋は、だいたいいつも、ワンルームではなくもう一部屋あって、本棚が異様に大きくなっている。そして猫や犬と暮らしている。

そこが自分の部屋だと信じて疑わないから、起きた時にすこしがっかりする。

今暮らしている部屋には、基本的に満足してるし、良い部屋だと思う。のだけど、無意識に理想を投影しているんだろうな。もう一部屋あって、本棚や収納がもっと大きく(今の本棚も小さくはないと思うけど)下手したら壁一面にあって、猫や犬がいる部屋。

いつかそんなところで暮らせる日がくるのだろうか。まだ当分、先だと思う。生きているうちに叶うかもわからない。

今のペースで生きていると一生はとても短いように感じる。もっとたっぷり時間があれば、理想を一つひとつ叶えることもできるのだろうけど、全て叶うことはないのだろうなと思う。

同じ月にハワイと函館に行こうと行った親友は、もしかするとそれを知っていて、その事実に楽しく立ち向かっているのかもしれない。いやいやそれは無理だよ、物事には限度があるよ、と言っちゃったけど、そうやって願いを叶えるために動けてしまうことが、本当はとても羨ましいのだよ。