土田英生さんの戯曲講座に参加しました


あまりにも忙しくしすぎて、ブログを書く時間をなくしてしまっていた。でも、ちょっと今夜はゆっくりできるので、最近のことを書く。

12日〜17日は、キューズリンクさん主催・土田英生さんの戯曲講座実践編に参加した。短編のコメディを初めて書いて、1週間でいろいろなお話を聞いた。まだまだ自分には見えていない部分があり、でも、どう書けばいいのか、どう改善していけばいいのかわかっていなくて、そこにも不安と孤独を感じていたんだ、ということに気付かされた。

ひとりぼっちで書いていると暗いトンネル、というか、迷路ずっと歩いてるような気分になる。そのため、ちょっと見えた小さな光が道しるべだと思ったり、拾った石ころが宝石だと思い込んでしまいがちで、でも、実際はまちがいだったり、もっといいものがあったりする。間違いなのに、苦労して見つけたものが大切に思えてしまって方向を変えられなかったり、石ころを握りしめたまま足元の宝石に気づけなかったりして、それにいかに気づいていけるか、見つけられるかなんだなと思った。

デザインもそうで、はじめのうちは「このデザインはどうしてよくないのか」を気づくまでにとても時間がかかる。ときどき、「あなたはデザインセンスがあるから」と言われることがあるけど、これは生まれ持ったセンスじゃなくって、繰り返し見て・考えることで手に入ったものだ。だから自分でもまだまだな部分があるとわかっているし、それでも自分の中の批評にひとつずつ答えていければ技術が上がっていく実感がある。劇作に関してもきっとそういう、頭で考えて続けていけば見つけられるものがあるはずだ、ってことを、信じようとあらためて思った。

そして土田さんだけでなく、集まった福岡の劇作家さんたち(知美ビリーバーズという名前がついた)と1週間過ごすことができたのも、とてもよかった。おなじ課題について一緒に考えたり、ただもくもくと書く時間もあって(インターネットのコードを書いたりする界隈では「もくもく会」というものがあるが、それの劇作家バージョンみたいな感じかな)よかった。もちろんその時間は個人プレーなのだけど、「あっ、あの人も悩んだりするんだ!書けないよ〜って言ったりするんだ!」という一面をリアルに見ることができて救いだった。

劇作家も漫画家も小説家も詩人も、それだけで食べていない人にとって「好きで書いてるんでしょ・趣味でしょ」という無意識の常識に追い込まれることがある(少なくとも私はそうだった、中学生で絵を描いているときも、楽器をしているときも、高校生で小説を書いている時も、大人になっていけばなおさら)。特に絵や楽器は「自分がやらなくてももっと上がいる」と思っていて、それによって手を抜いた、というか、他のやるべきこと(学生だったのでお勉強)に集中していた。

でも、本当は最後まで真剣でいたかった。自分の作品はより良くしていきたいし、できればそれでちゃんといろんな人に認めてもらいたい。褒められたいし、自分が納得したい。講座を終えて、その素直な欲望を、演劇でも素直に持ち続けていこうという気持ちがより強くなった。売れたい。もちろん、がんばってもうまくいかないかもしれないし、売れる、ということがまだどういうことなのかわからないけど。でも、ちゃんとつづけたい、って。今の私は演劇を「趣味」って言葉で線引きできるほど、うまく離れられないくらいには愛してしまっている。思えば演劇するためにフリーランスになったんだし。それに、今なら昔より少しは「長いものに巻かれ」ないでいられる気がするから。

がんばろう。


映像のための台本を初めて書いてる話


いま、プロットを出してそこから映像のための脚本を書いている途中で、昨日はやっと第一稿を提出した。どういうわけかまったく普段書いていないようなものを書くことになってしまい、じぶんでもびっくりしてる。でも道場だとおもっていろいろやってみるしかない。とにかくまずはちゃんと納品することに向かっている。

プロットを作ったあと、その通りにシーンを埋められたことが自分でもちょっと意外で、ホッとしている。演劇だったらいつも抽象舞台だからもっといろんな可能性が発生するんだけど、映像はそういうわけには行かないし「場所」「時間」ありきの脚本なんだなということがなんとなくわかった。あと極端にイメージや年齢がはなれた役を俳優さんにさせるのはとても難しい。から、ハマるひとから書いていく。まあ宛て書きだから、イメージ通りにはなる。

物語としても一応ちゃんと成立しているんだけど、どうしても想定内の感じがしていてむずかしい。もちろん映像だから物理を超えられないのはわかっているし、想定外なことをしようとしたらとにかくお金がめちゃめちゃかかるよね〜ということだけはわかる。映像の脚本のひとたちは、カメラがどんな風に絵をとるのか、とかいったこともしっかり考えてるんだろうか。要求には多分こたえているんだけど、作品として面白いものになるかというと、まだちょっと自信がない。


劇団しようよの「パフ」を観た


10月の下旬から、今まで、ものすごい激務であった気がする。何が起こっていたか思い出すために、あとは頭の整理のために、ちょっとずつまたブログを書いていきたいと思っていつつも、やっと今日になってしまった。でもさかのぼって書いていくかもしれません。

昨日は枝光まで行って劇団しようよさんの「パフ」観てきた。

寝て目覚めて体験の記憶が定着してしまい、これは長く身体にのこるんだろうなと思う作品だった。没入して観ていたわけじゃないんだけど、私はあそこに出てきた女性どれになる可能性もあるなと思って観ていた。あのような設定の沈みゆく島で、大抵とりのこされるのは、老人と女性とその子どもであることが多い。NHKの「ふるさとの伝承」のDVD借りてきて観たりしていた人間なので、本当にあの設定には弱かった。しんどすぎる。

同じ状況に置かれたらきっと私は吹田さんの立ち位置でいる可能性が高そうだと思って見ていたけど、るみさんのようにどうすればいいのか考えて疲れはてる可能性もあるし、そこに大事な人がいたら今日子さんのようになっているかもしれない。そして2016年に気仙沼の話を作っていたとき、もしかすると現地の人は私を嬉野さんのように見ていたかもしれない。まったく本当にしんどい。

いい作品を見たら、私もがんばろうと思える場合が多いのだけど、もう自分にはこれから演劇をつくる必要ないのではないかと思う場合が、数年に一回あって、今回はまったくもうその状態になった。もちろん、その、あの終わらせ方で終わらせられるほど私は心強くないのと、興味の方向がさいごだけちょっと違うので、同じ状況のお話をつくるにしても、もっと別の方向にドラマを進めるだろうとは思うんだけど。でもとても重たくて、こんな演劇をいま作ろうとしている人がいるんだってだけで希望、というか、うん希望ではないんだけど、うまく言えないけど、本当に形にしてくれてありがとうございます、観てよかった、と思った。

高速バスに乗って、行きも帰りも締め切りが近かった映像の脚本を書きながら。帰りは2月の「山羊王子」のデザインも少ししつつ。初めて枝光にバスで行ってバスで帰ってきた。行きは時間にゆとりを持って行ったので、八幡のイオンにも初めて行き、そこでも作業をした。

それから、とても久しぶりにイオンの中にあったルピシア(紅茶屋さん)に入って、甘い香りのするルイボスティーとクリスマスのかわいいパッケージのお土産を買った。昔は天神の大丸にルピシアのカフェがあってとても好きだったのだけど、カフェはもうなくなってしまい、店頭販売だけになってしまった。とても残念だけど、家で飲めばいいからまあ、いいっちゃいいな。


モノクロラセンの『羅生門』


モノクロラセンの村井さんにお声かけいただき、発表会&意見交換会といったものに参加した。なかなか公演に行くことができず、モノクロラセンさんに行くのは今回初めて。演目は『羅生門』のリーディングで、その後ワールドカフェ形式で時間を計って感想や意見を伝えたりする時間という流れ。

演劇でこういうこころみは私にとってはとてもめずらしく、さらにこういうところでないと芥川作品に触れることもなかなかないので、久しぶりに羅生門のあの感じ、を体感できて非常に面白かった。村井さんの演劇に対する真面目さというのか、誠実であろうとする心意気がひしひしと伝わって、丁寧にものづくりをしていきたい団体なんだなと感じました。

自分も創作についての悩みは常にあって、「ラボ」的なことをしたいと思っていたので、どこかで少しまねしちゃうかもしれません。

夕方まで打ち合わせがあって、パピオパルでサンドイッチとドリンクバーのセットを注文したら、すごいボリュームのサンドイッチが出てきた。幸せな気持ちになれたので、また食べたい。


「インターネット」と演劇のこと


中学生の時に触れていた私にとっての「インターネット」の世界と、いま関わっている「演劇をつくる」コミュニティはなんだか似ているような気がする、というツイートをこの間した。

インターネットが大好きな子供だった。自分でホームページを作って、絵や文章を載せたりして、来てくれた人と交流したり、リンクを貼ってみたり、掲示板に書き込んだりして、2000年代に私が触れていたインターネットには幸せな世界が広がっていたと思う。自分をごまかしたり嘘をついたりする意味もあまりなかったし(きっともちろんいわゆる「ネカマ」さんなどいたのだろうが)そういった嘘やタテマエがどうでも良かった。

そして、そこに集っている人たちは、楽しんでいながらもとても真剣に活動に取り組んでいた。実際に会ったことがない相手が多いからこそ、自分を伝えるためにいろんなやりかたでコミュニケーションをとっていた気がする。

演劇もそうだなって思っている。やりたいことを叶えるために、緩やかなコミュニティから始まったものが、どんどん真剣になっていって、嘘とかついている意味がない状態になり、楽しく一つのものをつくっていこうという感じ。もちろん肉体はそこにあるし、みんなでつくる、というやり方は違うけれど、心の持ちようというのかな、そしてコミュニケーションの仕方も、似ている気がする。あのころの「インターネット」は今存在しないけど、その代わりになるものを自分は手に入れていたんだなあと思うと少し嬉しい気持ちになる。

高校生から大学生のはじめまで小説を書いていて、分厚い文庫3冊分くらいの量のお話をつくって、完結させたことがある。一話ずつ、書いたらタイトルをつけて、読みやすくレイアウトしてホームページに掲載していた。多分いま読んだら本当に死にたくなるレベルのひどさだと思うが、それでもその時の作りたい欲求だったり、それほど長い物語をとにかく終わらせることができた、という実感が今でも確かに残っている。かつて居場所を与えてくれたインターネットには本当に感謝しかない。


脱稿とモーターサイクル願望


あたらしい山羊王子の台本(おそらく最終稿)をみなさんにお渡ししての稽古。最近は毎回見学者がいるので、いろんな方に稽古場の空気を見てもらえて、とてもありがたいと思う。通して読み、きになったところを共有していく。前日の夜までさわっていて、他の仕事もしながら印刷して持っていったので、ヘトヘト&ドキドキで変な日本語ばかりしゃべってしまう日だった。すみません。たとえ話で、ふるいインターネットの話とか急にしてしまい、でも若い方には伝わらず、正しく歳をとっているなと実感する。

大橋の稽古場までは交通費がけっこうするので、じわっと途中まで自転車で行ったりして浮かせている。原付かバイクがあれば……10月に中型免許をとるぞ、なんて調子良いことを言っていたのだが、かなわぬ夢で終わりそう。原付だけでも買うかなあ。だれかくれないかなモーターサイクル。

昨日までの仕事をむりやり片付けたせいで、体がとてもバキバキだ。でも明日も打ち合わせがあったりして、できればそこで持って行きたいデザインもあるので、やって寝るしかないな。今夜は韃靼そば茶なんて飲んだりする。


山羊稽古4日目、焦り禁物


稽古がつづいている。今日は日中ぐったりしていたが、夕方には回復して無事に向かうことができた。はやくシーンを追加した新しい脚本をお渡ししたいと思っているが、今ブログをかけているので、明日には、できるだろう、きっと。

演技についての提案をしてくれたり、疑問を抱いたらどうなのか、変えた方がいいのか、と相談してくださる俳優さんばかりで、とてもありがたい。うまれた疑問に対して、共有すべきものが生まれて、理解が進む。今日は俳優さんが全員揃って、いろいろ試すことができたのでよかった。

台本もそうなのだけど、演出の方法というのが、なんどもやっているはずなのだが、本当に答えがないなと思う。答えがないから自分の描きたいシーンの目的を提示するしかない。ただ、心なんてあやつれないものを描くわけだから、役としてそれぞれの俳優さんがどうしたいか、どう動きたいか引き出したり、内側にあるものに触れられたらいいな、とは思っている。今回はより稽古日数が限られている、からこそ、大事な部分だけは焦らないようにしたい。

「エモい」という言葉を最近覚えたので、そう、エモさを見つけて形にしたいんだろうな。「切実さ」とも言える。でも切実、は自分本位なので、あるひとの切実、を見た別の誰かの心を揺がせるほどのもの、となると、やはりエモいという言葉は便利だ。


贈りものとプロジェクター復活


色々なところへチラシを置いてもらいに出かけて、某所へご挨拶に行ったら、職員さんから呼び止められた。渡すものがあるから、と言われ、なんだろうとドキドキしたが、お世話になって遠くへ行かれた方が「好きと言っていたから」と、その方に預けていたらしい、ある作家さんのポストカードを手渡された。原画を買ってしまうほど好きな作家さんで、いつかそんな話をしたのかな、それを覚えていただいていたようで、ときを超えて素敵なプレゼントをもらってしまった。とてもとってもうれしく、かつ混乱してしまい、えっ、えっ、ほんとに、と聞き直してしまった。はずかしい。でも、続けていけるぞ、がんばろう、と思った。

また深夜の作業が増えている。身体を思うようにコントロールできないので、くたばってしまう前にやらなきゃ、という感じでそういったサイクルに陥っている。

やる気を出すツールとしてしまっていたプロジェクターをふっかつさせて、何度も観ているすきなDVDを壁いっぱいに映しながらやっていて、これはなかなかいい方法みたいだ。内容は知っているので頑張って見る必要はないけど居心地がいい感じ。お酒を飲んでいたらちょっとむずかしい日が続いているので、いろいろな紅茶を日替わりで飲んでいる。寒くなってきたんだな。


山羊稽古2日目、チラシ届くの巻


「幸福な山羊王子とおひめさまのはなし」二度目の稽古。初めはあぴさん(亀岡さん)、しーさん(柳田)、ふくちゃん(福田さん)の三名。読みから始まり、本を持ってなんとなく動きながらやってもらい、それに対してイメージを共有していく。狙いを伝えたり、別のやり方をたずねてみたり。途中からりんごせんぱい(成清さん)が合流。ざっくりと今ある台本を通してみた。

コンパクトではあるが、何をやりたいのかがすでに渡した本で共有されているので、俳優さんの理解が早い。まだ2回目なのに、もうこんなことを話している…!と、びっくりする。去年は揃うだけでも精一杯、という感じだったので、ありがたい。まだまだこれからできることがあるという喜びと、こっちが追いつけなくなったらどうしようという不安と。探していた音を当てたりしながら、3時間半、楽しく嬉しいじかんでした。本当に、いろいろ、これからだな。

ちょうどよくチラシも届いたので、ひとまず配る。上質紙90kg、WEBで公開している画像よりもシックな感じになっていていい感じ。会場的に呼べる人数にかなり限りがあるため、チラシも今回は少ない部数しか刷っていない。2月verと変わるのか、デザインこのままで内容が変わるだけなのか、まだちょっとわかりませんが、ぜひ手に取って欲しいです。自画自賛ですがなかなかすてきだと思います。


ときめきアウトリーチ


朝7時から打ち合わせをし、お客さんのところへ訪問したあとで、小学校のアウトリーチを見学させていただいたり(シンプルで無理がなく、しかしとても考えられて用意された時間で、ときめきがとまらなかった)、養成講座に参加したりと、演劇ざんまいな一日だった。有門さんのアウトリーチ講座はとても腑に落ち、不安がほぐされるような言葉をいただいて、これから、があるのかはまだわからないけれど、関わりたいと思えるアーティストになれるように、色々考えて、作りつづけていこうと思った。

「私ががんばる」ではないことも、今年の夏のWSで感じていたことだったので、言語化されてとてもありがたく、自分の感覚にフィットしているなと思った。もちろんひっぱらないといけないシーンもあるし、どうしても緊張はしてしまうんだけど、できるだけ肩の力を抜いて、目の前にいるひとの声にみみをすまし、その場限りの状況にこたえるような、いい時間やいい関係性をつくることができたらいいなと想像する。セットリストはあるけれど、その通りにいかない可能性もあるライブなんだなと。つまりそれこそが演劇なんだった、と。まだまだな部分も多いけれど、子どもたちと一緒の時間を過ごすことで、私はとても創作への刺激や、気づきがおおいので、できればこれからもまなび続けられたらいいなと思う。

そのあとマヌコーヒーでおがもとお茶をして、これまでの総まとめのようなふりかえりを行なった。トリプルアクセルラテというクリームがたっぷり入ったコーヒーを飲んだ(いつかウインナーコーヒーが大好きだという記事をここで書いた記憶がある)。なんというか、なんでも、かんたんに見抜かれてしまうから、いろんなことをごまかさずに、しょうじきに生きていくしかないなと思った。


新規団員募集しています


灯台とスプーンのお知らせを、昨日発表して、さっそく連絡があったり、動いているなと思う。本当にありがとうございます。

せっかくだし、自分の頭の整理のために、灯台とスプーンのあれこれを個人的な記録として書いておこうかなと思います。

灯台とスプーンは、私が仕事を辞めてフリーランスになり、新しい脚本をなんとなく考えていたところに、安藤美由紀から声をかけてもらってできた団体です。学生の時に作った「水辺のアンシー」という作品に参加していた柳田詩織と三人で、2015年にもういちど演劇を、という初心にかえる気持ちで始めました。

それから、いろんな人の力を借りて、「狐/真夜中の共謀」、「まがいものの乙女たち」、「海をわたる獏」、「藪に坐る人」の大きく4つの作品を作って来ました。どの作品も、並んでいてとてもいいタイトルだなと自分で思う。そして次の「幸福な山羊王子とおひめさまのはなし(仮)」急に長くなったけど、これもなかなかいいタイトルだと思う。

自分にとって作品のタイトルは、好きな本の背表紙を集めている感じがしていて、それだけで作品の空気を思い出せるようにしたいと思ってる。お話なんてすでに世界中に溢れているけど、まだまだいろんなタイトルを集めたいし、いろんな場所で上演がしたい。

灯台とスプーンの「演劇」らしからぬ部分も含めてたくさんの人に知ってもらいたいし、少しでも「灯台とスプーン」というものが渡ったらいいなと思っています。とくに、2016年に上演した「海をわたる獏」は、自分がどんなことを演劇で表現したいのか、どんな心を乗せるべきか知ることができた作品で、灯台とスプーン、としての存在意義をやっと少し感じられた気もしていて。

そんな中で、三人だけでは正直エンジンが少ないな、と思いながらこの二年程を過ごしていて、そこへ安藤のお休みが決まり、これはちょっと足りなくなるかもしれないと考え、新しく団員を募集するに至りました。むしろ、これまで三人でよくやっていたなとも思いつつ……。

私も団体所属というものをしたことがこれで初めてで、大学時代もホールが使えたから個人でいろいろ企画をして、岩井先生に無理を言ってさせてもらっていただけなので、「劇団運営」というものを知らない。(演劇部ですらなかった!)でも、やりたい気持ちだけでここまでやって来て、応援してくれる人も増えて、勘違いさせてくれて、上を目指したい気持ちがでてきてしまった。

だから、正直な気持ちで、一緒にこれから強くなっていけるひと(うーん、ちょっと言い方が雑?)、いい作品を作っていけるひとと進みたいなと思っています。だから正直、役者さんじゃなくてもいい。灯台とスプーンの、と一緒に名乗ってくれて、面倒な運命に巻き込まれてくれる方がいてくれたら、まずはうれしいなと。

演劇なんてこの世の中でもっとも非効率なものかもしれない。でも効率的という言葉が賢くて好きだった10歳の私が20歳でひっくりかえって、乗り換えた。この非効率は人間を救うかもしれない、と思ったのです。

その船に一緒に乗ってはくれませんか。

 


九州演劇人サミットのこと


九州演劇人サミットと、その後のサマーパーティーに参加しました。とにもかくにも、持続可能な運営、というものが大きくテーマとしてあるなと思って、自分たちのスタイルで続けていきながらいいものを作り続けていくことが何よりも大切なんだなと。お誘いいただきありがとうございました。

九州のたくさんの演劇人と会うことができて、人見知りをしながらも、話しかけたり、声をかけてもらったりして嬉しかった。サマーパーティーでは1分間の団体PR時間を設けていただき、新しい作品についてもちょっと触れることができた。きっと5分くらい話していたかもしれない。すみません……。

ちょっと背伸びをした宣言などもして、叶うかなんてわからないんだけど、そういう気持ちでやりたいと思ってたんだ、と言った後にきがつく。でも、そうだよな、いろんなひとに勇気をもらったり、応援の言葉をもらっていて、よかったら本当に結果にしたいんだよな。

思えば、演劇を続けることで、本当に多くの素敵な大人に会っているな、と思う。作る側、でいるだけで、まさかあんな人にも、こんな人にも会えるなんて。生粋のミーハーなので、それが一番うれしかったりする。素敵な大人、というのは、まだこの先いきていくことを信じられるような作品を作れる人たちという意味だ。自分もできれば、そういう作品を作りたいと思う。

あー、いい演劇がみたいなあ。


犬とカレーとウイスキー


突然誘われ、さらに突然誘って、ケニーさんとみねおさんと一緒にカレーを食べた(モップみたいな足のかわいくてお利口な犬がいて最高だった、またぜったい行く)。その後、峰尾さんのお家でウイスキーを飲みながら、たくさんおしゃべりをした。猫には会えず残念だった。

にんげんのことをいっぱい話したのだが、最終的に演劇を通して哲学をしたいんだろうなというところにまとまった。それから、中学生くらいの時に世界征服をしたい(そうすれば世界が平和になれるという独裁思想)と思ったりしたことも話した。中二病とはいえおっかない。

さいきん演劇関係のひとたちと、たくさん話せている気がする。とてもうれしい。多くの人と一斉に、はむずかしいのだが、少人数で長く話せる相手がいることに救われている。何か、面白いことをたくさんしたいと思っている人といるだけでも、元気がもらえる。

眠りながら演劇のことをずっと考えていたようで、今日も夜は子どもとのWSの夢を見た。ただ、今回は本番でハプニングが起こり、助けてもらいまくりで、申し訳ないやらありがたいやら大変だった。


大きなアセビと暮らす


7月末に買った大きなアセビの枝が、いまだに部屋に存在していて、驚いている。太い枝ものは長持ちするよとは言われていたが、少しずつ葉が落ち最初ほどの元気はないものの、まさかここまで続くとは思っていなかった。アセビは食べたら毒があるらしく、買って来てその情報を知ったときは、「この葉っぱを全てミキサーにかけてスムージーにすると」、という結構ヤバめの想像などをして遊んだ気がする。木があるだけでホッとするので、おかげさまでそんな気持ちは起こさずにすんでいる。

今週は結果的に大きな動きのあった一週間だったわけだが、にしては、淡々と日々を過ごしていると思う。いわゆる「第三者的な目が上にあって自分を見下ろしている感覚」は小さい頃からときどきあったけれど、今はまさにそういう感じで、次にわたしがどう出るのかを見ている。そうすることで色々な考えなければならないことから逃げているのかもしれない。

ある劇作家とお昼ご飯を食べていた時、その人がいま書きはじめてしまった小説の話になった。人情芝居を書くのが上手い人(だと勝手に思っている)なのだが、その人はイタコタイプの作家で、書いていたらいつのまにか物語が進んでいるという。これは少し自分にも似ていると思う。それで、いつの間にか紡がれた話に、後から感動して「そんなことが起きてしまうのか」と自分で作った作品に落涙するのだという。そういえばこれも自分に似ている。

作家が作品に自分で感動してしまうなんてエゴがすぎるのかもしれない。しかし、自分のグッと来るレベルを超えていないものを外に出すなんてそっちのほうがお客さんに失礼だよななどと、サイゼリヤのカプチーノを飲みながら思った。むしろその「自分で感動しちゃう」ことで、淡々とした生活が救われるかもしれないと少しばかり思っている自分はかなり面倒な人間だと思う。


カムパネルラと幸福な王子


「銀河鉄道の夜」のアニメ版を小さい頃何度もなんども見ていた記憶がある。特に夏休みに、アニメスペシャルでnhkで毎年やっていた放送を見ていたし、かつビデオに録画したものもときどき見直していた。とても静かで淡々とでも見逃せないまま進むお話、その最後に強烈な演出のラストシーンが心をつかんで話さなかった。

大学生になってはじめて長編の演劇にどっぷり参加した作品が、別役実の「ジョバンニの父への旅」だった。本読みの段階からとても嬉しくてたまらず、その思いだけでカムパネルラ役をもらった。下手くそな演技でいま観たらきっと卒倒してしまうだろう、でも「はじめて」というのはとても印象的で、演劇を作る上で「こんな思いをすることになるとは」という感情がたくさん生まれた本当に大事な時間だった。そこには本当にすてきな、今でも活躍している先輩がたや同級生、(その経験からお互いを知ることができた)気心の知れた友人、そして岩井先生がいて、人生を振り返るととても大事なできごとだったと何度でも思える。

と、そういったことを経験して大人になり、再びアニメの銀河鉄道を観たとき、脚本が別役実だったと知り勝手に悲鳴をあげたりしたことがある。私は本当に何も知らずに演劇をしていたし、アニメをみていた。でも意外と、「元々好きだったものが演劇と繋がっていたことに気づく」というシーンには結構なんども出会っていたりして、そういう「つながったと気づく瞬間」みたいなものを、いつのまにか勝手に自分で生み出しておきながら、勝手に感動したりして生きている。

現に、宮沢賢治に繋がる人はあまりにも多い。でも、なんといったらいいのかわからないけど、私の思っているつながりは、ただ単に宮沢賢治や銀河鉄道の夜だけで繋がっているというわけでもないと思う。例えばそれはカムパネルラと「幸福な王子」について延々と考えたりするようなことだ。カムパネルラとジョバンニ、王子とツバメの関係性を考えて、カムパネルラがジョバンニを鉄道から降ろしたのは、旅人であるツバメを解放してひとりで本当の幸いを背負ったんじゃないか、そのたびに「僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない」、と云うジョバンニの言葉と、溶鉱炉で溶けてすずの心臓だけ残った王子のことを思い出す。あるいは、ジョバンニ自身がツバメとして「王子と共に死ぬ」ことを拒否したのか、などと、延々とやってしまう。その思考はとてもたのしくて同時に少し辛い。

好き勝手に長々と書いてしまった。ブログだからゆるしてほしい。なぜ今かというと、最近あらたにそういった自分のルーツにつながる出会いのようなものが今近くにあることを知り、もうすぐその人に会えそうなのでとても嬉しいのだ。かつ、今書いている話にもとても深く繋がっている気がしていて、早くその人に会いたい、会って話を聴くためにもっと学んでおきたい、とも思っている。


福岡学生演劇祭2018


昨日は福岡学生演劇祭Bブロックを観劇。観劇レポートがアップされたので、こちらから読めます。5団体一気に観たのですが、隣で一緒に観たひかりちゃん(以前に陰湿集団とのコラボライブで共演)は Aブロックから10本一気に観ているとのこと。すごいな…。

いくつも観るのは体力がすごくいり、昨年高校演劇の全国大会をたまたま広島で観た時も、一本観たのがすごく面白くって、しかしお腹いっぱいになってしまって出てしまった。(のちにその作品が全国1位をとったと知る、ラッキーだったなあ)

演劇はコミュニケーションだなあとつくづく思う。とくにこういうフェス系はコメディがどこまでも有利で、仕方がない気もする、20分以内でわかり合う(わかり合った気になる)ために。でも自分はあんまりコメディじゃない演劇をつくっているので、こういう場所に立った時にどうやって、何を渡していけばいいんだろうなあと、あらためて考えたり。

しかし学生でこれだけ作れるならすごくいいよなあと思った。突然自分の黒歴史を省みてしまう瞬間もありグアアとなったりもしたが(今も継続中の可能性は多分にある)。いいなあ、続けたらどうなっていくんだろうなあと思いながら、西新のマクドナルドでレポートを書き、帰ったらくたくたですぐに寝てしまった。

エレカシ聴いて元気を出して作業をつづけます。


関門オペラとしーさんの誕生日


非売れさんの「関門オペラ」をミリカローデンに観に行った。行きは新幹線とバスに乗ったのだが、かわせみバスは定員を大幅にオーバーした、すし詰め状態で運行されていた。安藤は体調不良で来れず残念だった。

一回きりの福岡公演、開場前の列がものすごく長くてびっくりした。作品もとても素敵で、でもこれ非売れだよね?という驚きもあり、すごい勢いで進む演出にワクワクした。ケニーさんがはじめから飛ばしていて、終始ニコニコして観た。歌うぽちさんがかわいくてかっこよかった。観劇後は誕生日の柳田詩織、田坂さんと同じ日だったねという話をしたりして、他にもたくさん演劇関係の方がいて挨拶合戦みたいになっていた。

しーさん(柳田)と一緒に食事をしたり、お茶をしたり、場所を転々としながら近況や脚本についての話をした。お誕生日にふりまわしちゃってごめん。でもまた少し整理されたような気がする。脚本についても、まだまだやりたいことばかりで、それをいかにつなげるか苦しんでいる。

なかなか共有しにくいポイントに入っていて、例えばストーリーの大枠ができたところで中身に苦しむのであれば相談もしやすいのだが、ストーリーの大枠自体がまだ変幻自在、という感じなのだ。お話の芯が通っていないところでの共有は、概念的なものの積み重ねをどう料理するかみたいな話になってしまうので、かなり意見が言いにくいと思う。

ストーリー、から作れたらすごく進みが早いし、ちょうどいいセリフを見つけることができるのもわかっていて、しかし灯台とスプーンのシリーズ(?)は、なんでか登場人物の内面性から作っていきたいという謎の欲求から、こういうつまづきが多い。

戯曲も詩的に寄りがちなので、ロジカル寄りに作品を観るお客さんには不快な思いをさせてきたかもしれない。ここを超えられたらいいのだろうなと思い、一昨年あたりから考えているのだけど、どうしても自分の頭のわるさかなんなのか、そこのところに関しては進んでいる感じはしない。

とにかくまだまだ数をこなさなきゃいけないんだろうなと思う。


墓参りとふわふわの犬


熊本に帰り、墓参りをしてきた。墓地は、祖母が暮らしている介護施設の近くにあって、連れて行きやすい場所を選んだのだなと今更気づき、私もいつか、そんなことを考えるときが来るのだろうか。

いとこの家にいる犬はふわふわで可愛い。10才になるらしく、彼ももうおじいちゃんだ。家族の集まりの場で私はうまく話せず、わざわざべらべらと自分のことを語る必要もないと思ってしまい、だったら他の話題は?と考えてもなかなか会話を思いつかないせいで、結局犬とばかり遊んでしまった。だめな娘、にうつっているのかもしれないな。

そんなだめな娘は、今あらためて演劇のことを強く考えているよ、自分に一体何ができるんだろうってことを、考えては悶々としている。

活動の場を増やしたいなら、単純にもっとたくさん書いて、もっとアピールしていかなければならない。でもそう簡単に書けたら苦労しないよねっていうはなしである。ただ、少しペースを落としすぎている事実はある。あまりカチコチにならずに手を動かしていく訓練が必要なんだと思い、ブログもまずは継続して書くことにしたのだった。ただの日記だけどね。

夜は演出家協会の方たちと会って、日本の戯曲セミナーという企画に参加することにした。本公演にかぶらないかだけが強く心配だが、こういうことでもしないと勉強する機会がなかなかない。それに、できるだけ演劇のさまざまなコミュニティに関わっていたいと思うようになっています。今は。


深夜に音楽を聴く


高校生の時は毎日のようにBUMP OF CHICKENを聴いていた。

大学生になったらその対象が東京事変になって、アルバイトで使えるお金が増えたことから、どんどん音楽への興味が広がっていった。近所の積分館(途中でレンタル部門がTSUTAYAにのみこまれた)に通い、101000円でたくさんCDを借りた。その店には本当にお世話になって、邦画も100本以上借りて見た。

まだまだ聴いていない音楽を知ることが楽しくて、無限の可能性みたいなものを感じながら、結局気に入ってる限られたアーティストのところに戻ってきたりして、10代や20代のはじめに出会ったものが自分の方向性をつくるといった説はやっぱりあたっているよなあと思う。初めて戯曲と呼べそうなものを作った時も、ある曲とある事件を頼りにしたし。

音楽と詞の中に潜って行ったら、自分がいまなにを欲しているのかが少しわかる気がする。だからうまく書けない時は、深夜の大濠公園を、イヤホンをつけてふらふら歩いたりする。音楽の中に潜っていけばいくほど、自分じゃないなにかになれるような気がして、そういうときは色々なことを閃く。

自分じゃない誰かの気持ちで音楽にあらためて感動したときに、新しい登場人物が生まれるような気もする。そうしてであった誰かと向き合う。その人に言ってほしい言葉を待っているのかもしれないな。


つよくあることは最優先事項じゃないな


つよくならねばならない、勇気がひつようだ、と2016年くらいにとても思っていた。なぜかといえば、色々な人と意見を交わす必要があって、自分にとってその時間がとても大事だと感じていて、その中には結構しっかりとものを言う人もいたから、たとえ言い合い、と言う名の議論が活発に起きたとしても、自分の考えをきちんと持ってひるまずに答えられるようにならなければと、結構強く思っていた

高校生くらいまでものすごく緊張しがちな性格で、さらにとっさに言葉が出てこない人だったので、授業で当てられることが本当に苦痛だった、当てられて、すぐ答えが出てこなくて、正解しか言っちゃだめで、考えていたらいつのまにか「じゃあ誰々」と別の人が当てられていて、私は答えを見つけたのに言えない、なんてことがとてもとてもとてもとても多かった。

大学に入ってからは、比較的に自由にものを言える環境に変わったので、「自分が強者になれるのでは」という錯覚をしたりもした。社会的に強い人間になれるのかもという妄想をしたし、自分がもっと変われば!みたいなことも思っていた。大事な時間ではあったけど、すりきれていく感じもした。就職した先で営業をして、月に何百万とか数字をあげて、強くなるぞ、とも思っていた。辛くて、本当に未来が見えなかったから、自分がとにかく強くならないといけない、とがちがちになってしまうときもあった。

思えば、小学生のときから発表で膝がガクガク震えるほどのあがり症だったし、すぐ不安になっていたし、いまだに人前に出たりはじめての場所で何人かの前で話すだけでとてもどきどきする。そういうのはおかしいと思ってたのだけど、それもありだな、と今日やったダンスのワークショップのおためしで思った。

作ったダンスを発表する時、どこにも答えはないのに・5人しかいないのに・失敗しても特に困ることもないのに、その場は謎の緊張感に包まれていた。面白いくらいに謎で、緊張の根拠はただの空気で、でも簡単にそういうことで人がどきどきしてしまうことがとても興味深くて、ばかみたいで、なんでか魅惑的だった。それに、みんなこんなことで緊張するんだなってわかった。思い出すだけでふふふ、となってしまう(プログラム自体もすごくおもしろかったしまだまだ色々考えていけそうでうきうきする時間だった)

それで、私はすぐドキドキしてしまうし、臆病だし、でもそれでいいのかもと思った。世の中にはきっと私だけじゃなくて、たくさんドキドキしてる人、いるんだろうなとも思った。だから、同じようにドキドキしたり、バクバクしたり、人前に出るのがつらかったり、自分に自信が持てなかったりする人も、その状態を否定せずにたのしくやっていけるような、そういう経験ができたりすると少しは楽に生きていけるんじゃないかなんてことも考えた。考えたところで、つまり「こころのつよさ」は強要するものではないなと思った。根性、とか、いう時代でもないし。

自分を鼓舞するのは、強さに触れた時だ、と思っていたけど、好きなもの、心を動かされたものへの情熱がおおきいんじゃないか、それがいちばん今の所しっくりくるような気がする。好きなものは好きで、考えたいものは考えたくて、それが誰かの役に立ったりするととっても嬉しい。そうやっていきていく中でみつかる自分の矜持こそが強みと呼べるものなのかもなって。(ここでいう「強さ」と「強み」はちがう)

それで、自分の表現の先には、私と同じように自信がなかったり不安な気持ちになったり、ちょっとしたことですぐにどきどきしてしまう人が、何か共感するものを持てたり、少しでも心に火を灯せるようなものだったらいいのかも、なんて思ったり、した。

でも、勇気という言葉は好きだな。空気とおなじように目に見えないところもいいし、ゆうきりんりんっていうリズムはかわいい。


戯曲を書くことについていま考えていること


このように文章を書くときに、戯曲を書くときの脳みそを使えるのかというと、それはむずかしいような気がする。自分が文章を書く時に使うのはひたすらに語りであって、そこに対話があるかというと違うのではないか。私は一方的に紙、あるいはMacBookAirに向かっていて、その先にいる読み手のことを考えているかというと、ほとんど考えていない。とくにここに書いているのは、どちらかというと思考の整理みたいなものだから、基本的に対話を期待していない。

これが戯曲になったとき、登場人物同士は会話をしなければならないから、割と直接的なコミュニケーションをしなければならなくなる。さらに、それを使ってお客さんとコミュニケーションしてしまう。(もちろん無反応の場合もあるけど。)

よのなかの劇作家たちはどうやって戯曲を書いているのだろう。気になる。みんなどうやって、どうして、どんなはじまりで戯曲を書くんだろう。

もう一昨年のことになってしまうが、広島・アステールプラザの演劇学校で劇作家コースというものに通っていた。今まで好きで書いてはいたけれど人に学んだことはなかったから、しかも講師が喜安浩平先生ということで、ドキドキしながら通っていた。

ツイッターで呟いたり、何人かの人にはそこであったことを喋ったりもしたが、とても有意義な約半年間だった。なによりも自分が、戯曲を書くのが得意ではないのに書いていることがよくわかった。とにかく苦戦していたし、得意不得意で戯曲が書けるわけでもないのではないか、ということも感じた。

自分には「こうすればうまくいく!」ようなこともないとわかった。ストーリーづくりの本などを読めば、こうやってこうすればある程度うまくいく「型」があることがだいたいどの本にも書いてある。登場人物に●●させれば面白い作品を作れる。確かにそうだと思う。でも自分は「うんうん!おっけー!」と納得して戯曲を作る作業に入ることはできなかった。

もちろん型は無意識に使っているのだろうが、おそらく大量収集したあとに無意識まで落とさないと私は使えない。(技術的なところもあると思う)だからつまり今のところ、調べ学習をした後で熟考して、絶望して、書き直すしかない。

で、「面白い」作品を作りたいかというと、自分が書いているものは「面白さ」を売りにしてないような気がするし、すごいギミックなんてこさえられないし、そこにモチベーションは湧かない。

私が書きたい、やりたいのは、そっちではないとわかった。そしてそのために、「めちゃめちゃ考えなければならない」ということがわかったのが一番の収穫だと思う。

去年ちょうど同じ時期に、「まちがっても賞を狙ったり、面白くしようとしてうまく書くもんじゃないよ」と言ってくれる俳優がふたりいた。もちろん賞は、続けることができるのであればいつか死ぬまでにひとつくらいは頂けたらうれしいと思う。でもそのひとたちは「そういうことのためにやっているんじゃない」、を私よりも早い段階でわかっていて、言語化されていて、ありがたいなと思う。

さらに昨年の秋に再び喜安さんにお会いしたときの会話で、自分がなんのために演劇をするのかをけっこうしっかりと確認することができて、本当にありがとうございます。(その日、もみじ饅頭を買って新幹線で戻り、その足で稽古場に行ったら外は台風なのにもかかわらず人が集まっていた。)

学生の時にやった作品で、終演後お客さんからもらったアンケートの裏面に、その方が持っている複雑な家庭環境のことが書き連ねてあり、最後にありがとうございました、と書いてあった。作品を観て、なにかぴんと来たのかもしれない。演劇を、誰かのためにやるわけでもないけれど、演劇はコミュニケーションなので、ときどきお客さんからもらえる心を打ち抜くような返答が、つづけようとするひとつの理由ではあると思います。