ウインナーコーヒーについて


ウインナーコーヒーが好き、ということに、薄々気づいてはいたんだけど、そんなにいつでも売っているものではないからあまり関わりをもたないようにしていた。年明けに地元のドトールでちょうど良いクリームの割合のウインナーコーヒーを飲んだ記憶から、先日新天町のドトールで注文しようとしたらメニューになく、聞いても「うちの店にはないです」と言われて心がぽっかり空いてしまい、それからその穴を埋めるべく近所をさまようもベストなものが見つからず、どうしてこんなにウインナーコーヒーのことばかり考えなければいけないんだと悶々としている。

ちなみにちょうど良いクリームの割合、というのは、「スタバのフラペチーノのようなぐるぐるとのせるソフトクリーム形状」ではなく、「ティースプーンに山盛り1杯くらいのあわ立てたクリームが乗っていて、少し飲めば下にコーヒーが見える」、ぐらいが私にとっての適切なクリーム量だ。飲んでも飲んでもクリームがなくならないものは少しつらく、コーヒーを飲んでいる気にならない。

そんなに飲みたいのなら生クリームを買って作ればいい、と思うけど、実際ウインナーコーヒーのためだけにホイップしてどうするんだとも思うし、そのためにケーキなど作るのは何か負けた気がする。さらに家にはハンドミキサーがないから、泡立てるのも一苦労、どうやらレモン汁などをいれて(調べた)作るようで、色々とにかくめんどうだ。

ただ、さらに調べたところによると生クリームはあわ立てた後に冷凍が可能らしい。つまり絞り出して冷凍したクリームを凍ったまま熱いコーヒーの上にのせてそれが溶けるのを楽しみながら飲むという最高な遊びができることは分かった。しかし、ケーキ作りの後に余らせたわけでもなく「ウインナーコーヒー」ただそれだけのために大量にクリームをあわ立て、絞り出し、冷凍するスペースを用意するのは独身の小さな冷蔵庫しか持たない私にとってもはや…もはや…と落ち込む。

10代の時に色々なコーヒーの飲み方の載った本をどこかで手に入れ、アイリッシュコーヒーやマシュマロコーヒーなどと一緒に並んでいたウインナーコーヒーが、長い年月を超えてここまで人を悩ませるほど扉を叩いてくるとは思わなかった。生クリームは、おいしいが、面倒臭い。とても…。


欲望の部屋


夢の中に出てくる自分の部屋は、だいたいいつも、ワンルームではなくもう一部屋あって、本棚が異様に大きくなっている。そして猫や犬と暮らしている。

そこが自分の部屋だと信じて疑わないから、起きた時にすこしがっかりする。

今暮らしている部屋には、基本的に満足してるし、良い部屋だと思う。のだけど、無意識に理想を投影しているんだろうな。もう一部屋あって、本棚や収納がもっと大きく(今の本棚も小さくはないと思うけど)下手したら壁一面にあって、猫や犬がいる部屋。

いつかそんなところで暮らせる日がくるのだろうか。まだ当分、先だと思う。生きているうちに叶うかもわからない。

今のペースで生きていると一生はとても短いように感じる。もっとたっぷり時間があれば、理想を一つひとつ叶えることもできるのだろうけど、全て叶うことはないのだろうなと思う。

同じ月にハワイと函館に行こうと行った親友は、もしかするとそれを知っていて、その事実に楽しく立ち向かっているのかもしれない。いやいやそれは無理だよ、物事には限度があるよ、と言っちゃったけど、そうやって願いを叶えるために動けてしまうことが、本当はとても羨ましいのだよ。