冬の夜の海

パミリヤを観た。

昨年の秋から今年2月にかけてももち文化センターのスペシャルオリンピックス、表現の面白さを体感するワークショップ(略してスペオリ)という、障がいをもった人たちとの演劇創作ワークショップ事業に、アーティスト目線の進行記録、という立場で参加した。そのさいに、記録検証で九大の長津結一郎先生にお世話になった。事業はとてもすばらしく、記録者目線で参加者たちを見守り、本番を迎えるまで立ち会わせていただけたことが本当に豊かな時間で、演劇をやっていくうえで、というか生きていく上で、またひとつ大切なものをもらえた。振り返りの日はなぜだか涙がとまらず、しばらくワークショップ進行役の五味伸之さんの顔を見るだけで泣きそうになっていたほど。

と、スペシャルオリンピックスの話はここまでにして、キビるフェス参加作品、村川拓也さん演出「パミリヤ」を、長津先生がドラマトゥルクをしているということで観にいくことにした。昨年はおなじくももちの事業で介護と演劇のoibokkeshi菅原直樹さんの講演とWSに行き、「介護と演劇」はこれから超高齢社会を生きる日本人に必要なジャンルになるだろうと思った直後でもあった。ただ、それ以上の情報は逆に入れずに行った、というか、仕事のパートナーが法人化したばかりで、つまり私もそこに入ることになり、2月はそれでほとんどてんやわんやだったのだ。(キビるフェスは他にも観たい演目があったが行けたのは結局この一作品のみになってしまった)

主演は、フィリピンから日本にやってきた女性の介護職員。演技経験はこれまで一度もない方。そして、彼女に介護されるのは、お客さんから募った一人の「ズボンを履いている女性」。つまり舞台上には「演技」がほとんどない環境。別の回では知り合いが出演したそうなので、実際は演技経験がある人が出た回もあるが、たまたま私が観たのはおそらく演技経験のなさそうな方だった。

職員が出勤し、おばあさんを介護するお話。お話、というか、一日。一日の営みを描かれてはいるが、朝・昼・夜で季節は過ぎている様子。被介護者のおばあさんはきらっと強い目を持ち、最初はご飯中に「叩いたり」するような(もちろん、そういう設定で語られるだけで、実際に舞台に立っているのはもっと若い方)元気な人だった。しかし、一日が終わるころには弱りはて、目もにごり、叩く反応をしなくなる。介護の最中、主人公は日本語で話しかけているが、ときおり客席に向かってタガログ語で語りかける。それはおそらく本当の彼女の話だと思う。語りによって、最後主人公がどうして日本にやってきたかが明かされる。

淡々とした静かな時間だったけど、途中から強く胸を掴まれて何度か泣いてしまった。ひとつの要因として、わたしの母方の祖母が被介護者と同じ姓だったのだ。はじめまったく気づかなかったのに、だんだん自分の持っている状況と照らし合わせてしまい、祖母がきっといずれ同じような(今はそこまで重度ではないが)状態になっていくことを強烈に想像した。同時に彼女の今住んでいる施設の小さい部屋も鮮明に浮かんできた。そして介護者にも共感する瞬間が多くあり、感情が行ったり来たり忙しかった。人によっては、自分が介護される未来を想像したりするらしく(感想が聞こえてきた)演劇はやっぱり、それを観た人がどこに何を感じるかまったくちがうのが面白いところだ。

最近観た映画「365日のシンプルライフ」では、全ての持ち物を倉庫に預け、一日一つしか取りに行かない、一年は何も買わないというルールで暮らすヘルシンキ在住男性の一年間が描かれるが、映画の冒頭元気だった祖母が入院し、施設に入ることになり、家を引き払うので「必要なものがあれば持っていっていい」と言われるシーンがある。主人公とその弟は祖母の家がなくなることをとても寂しがり、主人公は「変な味のするキャンディ」の入っていたガラスの小物入れを「なにももらいたくない。でもこれは祖母の物という感じがする」と持ち帰る。大事なのはいつだって物質じゃなくて時間や記憶やコミュニケーションなのに、わたしたちはついつい物質にとらわれるね。

大切な人が変わってしまい、居場所も今まで通りではなくなるのは、いつも自分の予期せぬタイミングでやってくる。わたしの母方の祖母の家にも、あの朝日のきれいなキッチンにも、お別れできないまま、今は別の人が暮らしている。

パミリヤに戻ると、演劇の価値って、稽古の回数とか、演技が上手いとかでは決してないんだということをあらためて思う。もちろん、エンタメに必要な技術はあって、俳優とか役者と呼ばれる人たちはそこをクリアしているからこそ立てる舞台がある。でも、人のこころを動かすのは技術だけではないよなとあらためて感じた。いつだってどこかにひとつの真実がほしい。フィクションであろうと、ドキュメンタリーであろうと。

ずっと会いたかった人にも偶然会えてとても嬉しかった観劇後、お友だちの旦那さんが車で迎えにきてくださり、一緒に乗っていたら、いつのまにかドライブになり糸島にいた。冬の夜の海をながめながら大きな海鮮丼をたべて、お腹いっぱいで残しそうだ〜とくじけそうになっていたら、その瞬間に有線からエレファントカシマシが流れ、フードファイターが正気を取り戻すような感覚で急に元気になり完食した。おそるべしミヤジ。そしてその日は帰ってすぐ20時に寝てしまった。