どっちもどっちの違和感


ニュースで、十代の女性に二十歳の公務員がわいせつな行為をしたという報道があって、それを一緒に見ていた人が「この人(わいせつ行為をした方の人)は大丈夫だろうか、将来これから」と言っていて、確かな違和感を感じ、「なぜそっちを心配するの」とつい聞いてしまった。報道があるほどのトラブルだったはずなのに、十代の女性よりもわざわざわいせつ行為をしてしまった男性の将来を心配してしまうのは、一体どうしてなのだろう。女性側の精神的負担は想像しにくいのかなと。

「こういうときって、どっちもどっちのことが多いからさ、案外女性の方がしかけてたりして」という返事で終わった。確かにそういうことも、あるかもしれない。ただ、限られた情報しか知らない上で「どっちもどっち」ならば、どっちもどっちなりに「この二人は」とでもなんとでも言えるはずだ。女性だけどうして置き去りになるのか?まだ十代なのに。でも確かに、むかし自分もそういう感覚になっていたころがあったから、一層違和感が強く残った。これってどういうことなんだろう。

本当のことなんて誰もわかりっこないのに、「本質を見る」なんて言いながら自分の頭にあることだけで真実を「捏造」しているんじゃないのか。

 

便利な言葉で状況を定着させることによって思考を停止してしまうことがあるよな、ということも、最近少し考えている。たとえばだけど、メンヘラ、こじらせ、あたりのこと。こじらせている、なんていうのはすごく便利だなと思っていて、それゆえにどういう状態なのかがわからなくなる。過去をふりかえれば、「こじらせ」てたし「メンヘラ」だったなと思うのだけど、過去は過去でせいいっぱいやっていたつもりでもあるので、バカにしてしまうのもよくないなと最近になって思い始めた。

 

新潮45の報道を聞いて、編集者は違えど「考える人」の大ファンなので同じ会社で起こってしまったことに心底がっかりした。だからこそ感覚が敏感になっているのかもしれないな。いやだなあ。

そういう違和感と向き合えば、演劇のひとつにもなろうな。ただし中途半端だと自分が苦しくなってしまうので、やるなら本当に、ちゃんとやらなきゃいけないって思う。


Neon Sign/メトロノーム


最近抱いた感情について書く。ふわっとしたことしか書けないから意味がわからないとおもうけど、自分の整理のためのアウトプットです。ごめんなさい。タイトルは米津玄師のBremenを聴きながら書いてたからってだけ。

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氷の上に立つように


小松未歩の「氷の上に立つように」という歌が小学生の時かなり好きだった記憶を、最近行ったカラオケで思い出した。もし宇宙船が来たら友達だって残して地球を飛びたってしまうだろうって、こんなに魅惑的な歌詞はないと小学生なりに思っていた。私も宇宙船に乗りたい、今でも。しかしこの曲を使って、運動会でポンポンを振らされていた理由はよくわからなかった。かなり、集団行動に似合わない歌なのにね…。

ともかく、こうも歌詞に惹きつけられる歌はあまりないので歌詞を読み返していたら「望み続けた場所で生きているんだから」という言葉があったりして、もしかすると当時の小松未歩自身の冒険や生きざまの歌なのかもなあ、なんて妄想する。音のキャッチーさによって気づかなかった。そのあとに「内緒よ恋をしたって」という言葉があって、むしろその恋が大事だからこそ薄めている、感じもして良い。内緒だしね。

いてもたってもいられず、コナンの初期のオープニング集のCDを借りてきた。小松未歩の音楽のマイナー感というのか、音楽のことは詳しくないからなんとも言えないのだけど、あの感じがとても心地よくて、かつキャッチーで、椎名林檎の音とはまた違ったいい上がり方の癖があるなと思う。そして完全に主観だけど、90年代の音楽はとても豊かだなあと。あの頃に子どもをやっていてよかったなと思う。

「氷の上に立つ」っていうのは、スケートリンクとか綺麗にされた氷上ではなくて、きっと凍った湖面とか、海とか、そういうところなんだろうなと想像する。わりと、あぶなげなことをしてきたけど、これからもあぶなげでありたい。さいあく、落ちちゃってもいいし、地球に帰れなくてもいいや。


たぶん友情のために


この記事では時々やってしまう「少女革命ウテナ」についての考察しかないので注意。また、すっごいラストのネタバレしか話さないので注意。

永遠という言葉がすきだ。響きもいいし、字もいい。この字が永遠という意味を背負っていることがまるごと美しいと思う。そして私の好きなアニメ「少女革命ウテナ」は、永遠との決別の話だと思っている。

デュエリストたちは奇跡や永遠を望み、それを手に入れるために戦う。勝者は姫宮アンシーとエンゲージし、「世界の果て」からの手紙によると、アンシーはいずれ勝者を「永遠があるという城」へ連れていく存在だとされていた。主人公は決闘に巻き込まれた頃には、「女の子を取り合うなんて」と否定的だったが、だんだんと自分自身が「王子様に再会する(自分がお姫様という存在になる)」奇跡を願っていたことに気づき、そしてそれは姫宮にとっても自分にとっても破滅であることを知る。まあそういった話だ。

ウテナは姫宮の王子様になろうとして、なれなかった。しかし、姫宮は物語の最後に「学園という永遠」のなかで繰り返される決闘ルール、つまり姫宮自身と暁生との関係性を壊した。色々な考察があるが、これがふたりの少女による革命だと私も思っているし、これは奇跡ではなく、ふたりが培って来た友情や愛による革命だった。

姫宮アンシーは、暁生というかなしい兄であり元・王子様との共依存関係にあり、これは強く約束された永遠の愛、だった。この愛をつづけるために彼女は花嫁であり魔女にならざるを得なかった、という衝撃が高校生のときから自分の頭に大きな十字架のように突き刺さっている。

 

たぶん友情のために、というのは、12話・生徒会編ラストのタイトルだ。この話には「普通、になってしまうウテナ」「それに怒る親友の若葉」「冬芽の花嫁となった姫宮」の三人の関係性が描かれている。「たぶん友情のために」というタイトルはもちろんウテナと若葉に対する意味としてとりやすいと思うが、ウテナは「若葉との友情のため」だけに決闘したはずがなく、姫宮との友情の意味も含まれる。では「たぶん」はなんだろう。これが、「ついつい涙を流してしまった」姫宮の気持ちだったらと思うとつらくなってしまうし、このエピソードが姫宮にとって「永遠」との対峙の始まりなのかもしれない。

ともあれ自分の気持ちをだれも明確に言葉にできておらず、不器用な三人がみないとおしい。そしてこの複雑な関係性をギュッと一話で描けてしまう力が私は欲しいよ。


チラシ記念日と夢のこと


仕事まわりですこしだけいいことがあった。大げさに書くと自意識の過剰さがばれてしまうので詳しくは書かないが、まさか生きていたらこんなこともあるんだな、の一つが起きて、思わず関係者の方にメールを送ってしまった。ちょっぴりうれしい記念日。

仕事をする中で、お金ではない部分での喜びを求めてしまいがちで、気づくとお金のことを考えなければならなくなったり、でもいつのまにか損する方向に動いてしまったりと、ほんとうに自分は頭がわるいと思う。でもこんな頭じゃないとフリーランスで演劇をしてデザインをするという選択肢には至らないのかもしれないし、もはや悩んでいいことなのかもわからない。稼げるときはいける、だめなときはだめ。人と違うことをあきらめて頑張って生きるしかない。と、思えるほどには苦しい状態から脱したのかもしれない。どうやったって今は死なない気がするからいいじゃない、って。

ある人と話したときに、他人のドラマにはつきあえないよ、といった言葉を聞いた。したたかで、リアルで、とてもいい言葉だなと思う。脳内で椎名林檎の「人生は夢だらけ」、が流れると同時にエリザベートの「私だけに」が流れる。自分が波に飲まれないように、乗って、操縦していくしかない。そして選んだ相手と踊ろう、いつだって。

夢といえば、最近また自分の都合のいい夢ばかり観てしまう状態が続いていて、起きるのがとてもむづかしくなっている。先日は一緒に演劇を作った子どもたちがみんな私の家に遊びに来て、飲み物がないからジュースでも買いに行くかねといった平凡なやり取りをしていた。なぜか私の部屋は畳張りになっていて、みんなで寝転んで色々話して過ごす夏休み、という感じの夢。

そういった夢を筆頭に、非常に幸せすぎてしまう夢を見ることが増えた。いつか本当に覚めなくなってしまうかもと友達につたえたら、その時はなんとかして起こしに来てくれるらしい。たしかディカプリオと高倉健の映画でそういうのあったよね、といったことを思いながら。


カムパネルラと幸福な王子


「銀河鉄道の夜」のアニメ版を小さい頃何度もなんども見ていた記憶がある。特に夏休みに、アニメスペシャルでnhkで毎年やっていた放送を見ていたし、かつビデオに録画したものもときどき見直していた。とても静かで淡々とでも見逃せないまま進むお話、その最後に強烈な演出のラストシーンが心をつかんで話さなかった。

大学生になってはじめて長編の演劇にどっぷり参加した作品が、別役実の「ジョバンニの父への旅」だった。本読みの段階からとても嬉しくてたまらず、その思いだけでカムパネルラ役をもらった。下手くそな演技でいま観たらきっと卒倒してしまうだろう、でも「はじめて」というのはとても印象的で、演劇を作る上で「こんな思いをすることになるとは」という感情がたくさん生まれた本当に大事な時間だった。そこには本当にすてきな、今でも活躍している先輩がたや同級生、(その経験からお互いを知ることができた)気心の知れた友人、そして岩井先生がいて、人生を振り返るととても大事なできごとだったと何度でも思える。

と、そういったことを経験して大人になり、再びアニメの銀河鉄道を観たとき、脚本が別役実だったと知り勝手に悲鳴をあげたりしたことがある。私は本当に何も知らずに演劇をしていたし、アニメをみていた。でも意外と、「元々好きだったものが演劇と繋がっていたことに気づく」というシーンには結構なんども出会っていたりして、そういう「つながったと気づく瞬間」みたいなものを、いつのまにか勝手に自分で生み出しておきながら、勝手に感動したりして生きている。

現に、宮沢賢治に繋がる人はあまりにも多い。でも、なんといったらいいのかわからないけど、私の思っているつながりは、ただ単に宮沢賢治や銀河鉄道の夜だけで繋がっているというわけでもないと思う。例えばそれはカムパネルラと「幸福な王子」について延々と考えたりするようなことだ。カムパネルラとジョバンニ、王子とツバメの関係性を考えて、カムパネルラがジョバンニを鉄道から降ろしたのは、旅人であるツバメを解放してひとりで本当の幸いを背負ったんじゃないか、そのたびに「僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない」、と云うジョバンニの言葉と、溶鉱炉で溶けてすずの心臓だけ残った王子のことを思い出す。あるいは、ジョバンニ自身がツバメとして「王子と共に死ぬ」ことを拒否したのか、などと、延々とやってしまう。その思考はとてもたのしくて同時に少し辛い。

好き勝手に長々と書いてしまった。ブログだからゆるしてほしい。なぜ今かというと、最近あらたにそういった自分のルーツにつながる出会いのようなものが今近くにあることを知り、もうすぐその人に会えそうなのでとても嬉しいのだ。かつ、今書いている話にもとても深く繋がっている気がしていて、早くその人に会いたい、会って話を聴くためにもっと学んでおきたい、とも思っている。


不運と硝子と終わること


深夜まで脚本を書いたり、長いメールを書いたりしていて、他の仕事が完全におざなりになっていることに後になって気づいたりする。どうやら脳みそがとても疲れてるのに、同時に変にハイになっていて、ただしい優先順位を見極めることが出来なくなっている感じ。ご迷惑をおかけしております本当に

今日も今日とて、夕方までぐったりして、好きなダンサーさんとコーヒーを飲んで灯台とスプーンの人たちと会った後、マクドナルドで深夜四時ごろまで脚本を書いた。帰る頃にとつぜんの土砂降りにあい、びしょびしょで帰宅。そして、洗い物をしていたらまたもやお気に入りのグラスを割ってしまった。とても気に入っていた味わいのある六角の吹きガラスだったのだが、思いっきりやってしまった。

今まで不注意でガラスを割ることなんてなかったのに、今年になってコーヒーサーバーを割り、砂時計を割り(これは触らずに)、そしてグラスである。とても悲しい。しかしものなんていつか壊れる、むしろ壊れるものしか信じられないし、何にだっていつか終わりはやってくるのだとか言ったりして、しみじみとしながら乗り越えるしかない。きっともっといいグラスと出会える日が来るかもしれない。それに、ひとまずは今まで仕舞っていた貰い物のグラスを出す時が来た、と思おう。

夏の演劇WSの最終日に「終わりが来ることは悪いこと、悲しいこと」と言っていた子がいたけど、終わることで始まることもあるよ、ね。


イケメンと思い出


最近ほどよく過去好きだったものを思い出すきっかけが巡って来る。良い作品が、発表から20年くらい経って続編を作ったり、アニメ化したり、舞台化したりするおかげもある。それだけ今、つよく人を惹きつけるオリジナルが少ない状態、とも言えるのだろうか。まさかブギーポップは笑わない、が再びアニメ化するなんて思いもしなかったし、少女革命ウテナがミュージカルになるなんて思いもしない。中学生のころに好きだったものたちとあらためて出会うとき、当時の心境を鮮明に思い出す。

10代はアニメばかりみて生きていたので、イケメンの定義がわからなくて会話についていけず苦労したことがある。初めに好きになった俳優さんは、思い出せる限りでは、アラン・リックマンだった。しかしそれもスネイプ先生、としての役割が好きだったわけで、そういった役割としての永久欠番になれる俳優にあこがれる。寅さんだってそうだ。男はつらいよ、はいいぞ。つまりやはり人のかっこよさ、は顔よりも台詞や考え、行動にやどっているものだと思う。

最近友人が宝塚にしょっちゅう行っているようで、Twitterに宝塚情報が流れてきた。高校生の時、母と姉がスカイステージ(宝塚の専用チャンネル)を契約していて、時々一緒に録画された作品を観ていた。エリザベートとファントムが好きで、時代や組の違ういろいろなパターンでいくつも観ていた。でも、母や友人のように、「この俳優さんが、このペアが好き」という感覚になったことはなく、どちらかというと物語や演出の方に目が行っていたなどと思い出す。(というか、誰が誰か、あまりわからないまま観ていた。ごめんなさい)

俳優の誰、とは言えないけれど、例えばエリザベートの、夜のボートのシーンや、ゴーストとなって語りかけるお父さんのシーン、精神病院、ルドルフの死など、好きなシーンはこと細かに覚えていたりする。エリザベートは後半のたたみかけるような、それでいて静かな不幸のシーンが味わい深くてとてもすきだ。

それで、イケメンの話に戻るのだが、おそらく私は人の顔に基本興味がなく、認識する脳がめちゃめちゃ弱くて時間がかかる。だから、顔だけで「あの人かっこいい」と言えてしまう認識能力、判断能力はすごくうらやましく、私にはほとんどできないので、苦手だ。そうかあれはかっこいいのか〜、そういえば顔が整っているかもしれない〜と、実感ができないまま終わる。普通にひとの顔を覚えるだけでも大変なのに。

でも「この人は好みだ」とすかさず思ったりすることもある。ただそれって基本的に女性が多く、とくに着ている服を見て思うのだろうな。だから多分、「これは良いデザインだ!」の方。

今年はコナンの映画がとても面白くて、私ももれなく安室透のことが好きになった。が、それでも初回観た時は「かっこいい」という認識はしなかった。どちらかというと「こいつはヤバイ」だったな…。まあそもそも安室さんは生身の人間ではない。


占いと休みます宣言


占いはずっと信じないタチだった。「結婚」とか「仕事」とか一般的なことしか語られないし、自分には関係のない領域だと思っていたのだけど、いま書いている脚本に「山羊座」が出てくることもあり、色々抱えている問題もあったので友だちに連れられて占ってもらったところ、なんだかカウンセリングとしてちょうどいいなあと思った。

占い、面白い。ただ、占われている、というよりも、表情とか、話す声、言葉遣い、仕草で、どんな人なのか言い当てられているように感じる。未来を詠むというよりも、観察家で、シャーロックホームズみたいだと思う。今、を知るのに良い。話しているうちに、自分が本当はなにを目指していたのか、忘れていた目標や、身体に無理をさせすぎていたな、とか、本当に細かく今の自分がどういう人間だったかを知れるような気がする。

自分の前職とも似ている気がする。仕事についてのことだけだったが、話をきいて、状況を判断して、どうすれば良いかを一緒に考えるような。対面の占いは医療機関ではないカウンセリング。うむ。

8月の頭から人間関係で少し大変な思いをしたのもあって、その問題がずるずると続き、正直かなり疲弊していた。ちょっとこれは良くないと思いTwitterで休む宣言をした。

休むぞ!と言い聞かせて暮らしていると、じつはやっていることは大して変わらないのだけど、かなり気が楽になった。自己肯定感も回復してきて、暗くなっていた視界が広がったみたいだ。本当はなにもしなくていいのに、今日はこれもやっちゃった!という、なぞのポジティブが身についている。今だけかもしれないけどね…。


墓参りとふわふわの犬


熊本に帰り、墓参りをしてきた。墓地は、祖母が暮らしている介護施設の近くにあって、連れて行きやすい場所を選んだのだなと今更気づき、私もいつか、そんなことを考えるときが来るのだろうか。

いとこの家にいる犬はふわふわで可愛い。10才になるらしく、彼ももうおじいちゃんだ。家族の集まりの場で私はうまく話せず、わざわざべらべらと自分のことを語る必要もないと思ってしまい、だったら他の話題は?と考えてもなかなか会話を思いつかないせいで、結局犬とばかり遊んでしまった。だめな娘、にうつっているのかもしれないな。

そんなだめな娘は、今あらためて演劇のことを強く考えているよ、自分に一体何ができるんだろうってことを、考えては悶々としている。

活動の場を増やしたいなら、単純にもっとたくさん書いて、もっとアピールしていかなければならない。でもそう簡単に書けたら苦労しないよねっていうはなしである。ただ、少しペースを落としすぎている事実はある。あまりカチコチにならずに手を動かしていく訓練が必要なんだと思い、ブログもまずは継続して書くことにしたのだった。ただの日記だけどね。

夜は演出家協会の方たちと会って、日本の戯曲セミナーという企画に参加することにした。本公演にかぶらないかだけが強く心配だが、こういうことでもしないと勉強する機会がなかなかない。それに、できるだけ演劇のさまざまなコミュニティに関わっていたいと思うようになっています。今は。


新しい服を着る


ここ最近しょっちゅう会っている友だちのホーリーが、洋服を見立ててくれた。休みを他人の服選びに使わせるなんて申し訳ないなんて思ったりもしたけど、楽しんでくれていたのでこちらもうれしい。店員さんに「よく遊ぶんですか?」と聞かれて、この間は●日に会ったよね〜などと話していると「もしかして、おつきあいしてるんですか」と言われた。おつきあいはしていないけど、気にかけてくれていて本当にありがたい存在だなと思う。

私は自分自身の女の子、を許容できないまま、色々とこじらせて生きていたと思ってる。私の周りにはこの感覚を持っているひとが結構いるのだけど、フェミニン〜な服をきている時は、「女子のコスプレをしている」という感覚になってしまうやつである。

かわいい服はムズムズするし、その状態で褒められたりしたら、やっぱりちょっと照れてしまう。似合ってるねだとか、かわいいねなんて言われることがあまりなかったり、言われても素直に応えてこれなかった人生なので、反応できずに止まってしまいがちで、素直にありがとうと返せなかったり。ごめんね。

選んでもらった新しい服を着て、すこし変わった自分で過ごしたら、なんとなくいいような気がする。中身は別に何も変わってはいないのだけど、昨日と今日は確実にちがうんだよ、と、時々実感できるといいのかもしれないなんて思う。

あすはまたあたらしい企画の会議に参加する。どんなかんじなのだろうか。楽しみだ。


ごめんねデザイン


なかなか仕事の手が進まずに、とにかくブログは書いてみようと思って手を動かしている。

どうしたらいいのか、立ち止まってしまうような、ちょっと自分の近くで複雑なことが起こったりして、そういう時こそできるだけ柔軟でありたいし、ちゃんとじぶんの言葉をつかっていきたい。できることは少ないけど、ちょっとだけ得意だとは思ってるし、もっと自信をもちたいところでもある。それもなかなか難しいんだけどな。

最近とくに思うことといえば、自分はやっぱり劇作家、と名乗れるようになりたい。賞もとっていないし、まだ上質な作品、が作れている自覚はないけれど、それでも自分の理想を尋ねれば、いい作品を作っていきたい、というのが先頭にやってくるのは確かだ。(じゃあもっと書こうよ、とも思う)

これまでの灯台とスプーンの作品はもちろんのこと、夏のワークショップを超えて、より一層演劇を信じたい気持ちも強まってしまった。

これは長い愚痴になってしまうのかもしれない、と先にことわっておく。

今年が始まってから、長いことモヤモヤしている。デザインの仕事はうれしいし、チラシをつくったりするのも楽しいけれど、あくまでも演劇を作る人間でありたいという意識というか、作ることになってしまったら必然的にそっちが100%優先になってしまうので、自分の立ち位置に悩んだりもしてる。コーディングなんてなおさらで、つまりWEBに対する気持ちがだんだんとすぼんでいく感覚がある。

しばらく今おつきあいしているところ以外のデザインの依頼は受けないで、全然関係ない仕事をした方がいいのかもしれない。正直、今、しがみつくほどのエネルギーが自分に残ってなく、ただふがいなさや苦しさだけが積もっていくので、やめた方がいいように思えて仕方がない。

どうしてできないんだろう。やればできるはずなのに。どうしてこんな気持ちになってしまうのかもわからないので、つらい。

フリーランスになって4年になる。なぜこの働き方を選んだかって、演劇がしたいからだ。だからこそ、しっかりやっていきたい気持ちが強くあって、しっかりやっているとも思っていた。でも、やっと軌道に乗ったところで手が止まっている。あくまでも自分は演劇がしたいんだと、くるしいくらいよくわかった。

焦りもあるかもしれない。どうして自分はデザインばかり作っていて作品が書けないんだろうっていう。そして、演劇ができるなら、作って発表ができる環境なら、この働き方にこだわる必要はないのかもしれない、って。

フリーでいることによって、いろんなメリットがあるし、自分でコントロールできることはとても精神に良いことだ。好きな時に出かけることもできるし、予定をコントロールすることもけっこう簡単だ。だからこの働き方は苦ではないほうなんだ。ただ、なんだろう。やっぱりずっと、ずっと辛く、苦しい。デザインの方を本命に選ばなかったことによる、申し訳なさもある。このままでは、どちらも中途半端なのではないか?とも。

ごめんね、デザイン。本当に、ふがいない。申し訳ない。

この問題に関しては、今後もつづいていくんだと思う。自分のブログだから、自分の気持ちを知りたくて書いたけど、ゆるしてほしい。ただ、とくにチラシに関して、演劇を作るだれかの役に立ちたいきもちはまだまだ強いので、何かできることがあるのであれば、ぜひ声はかけてください。


つよくあることは最優先事項じゃないな


つよくならねばならない、勇気がひつようだ、と2016年くらいにとても思っていた。なぜかといえば、色々な人と意見を交わす必要があって、自分にとってその時間がとても大事だと感じていて、その中には結構しっかりとものを言う人もいたから、たとえ言い合い、と言う名の議論が活発に起きたとしても、自分の考えをきちんと持ってひるまずに答えられるようにならなければと、結構強く思っていた

高校生くらいまでものすごく緊張しがちな性格で、さらにとっさに言葉が出てこない人だったので、授業で当てられることが本当に苦痛だった、当てられて、すぐ答えが出てこなくて、正解しか言っちゃだめで、考えていたらいつのまにか「じゃあ誰々」と別の人が当てられていて、私は答えを見つけたのに言えない、なんてことがとてもとてもとてもとても多かった。

大学に入ってからは、比較的に自由にものを言える環境に変わったので、「自分が強者になれるのでは」という錯覚をしたりもした。社会的に強い人間になれるのかもという妄想をしたし、自分がもっと変われば!みたいなことも思っていた。大事な時間ではあったけど、すりきれていく感じもした。就職した先で営業をして、月に何百万とか数字をあげて、強くなるぞ、とも思っていた。辛くて、本当に未来が見えなかったから、自分がとにかく強くならないといけない、とがちがちになってしまうときもあった。

思えば、小学生のときから発表で膝がガクガク震えるほどのあがり症だったし、すぐ不安になっていたし、いまだに人前に出たりはじめての場所で何人かの前で話すだけでとてもどきどきする。そういうのはおかしいと思ってたのだけど、それもありだな、と今日やったダンスのワークショップのおためしで思った。

作ったダンスを発表する時、どこにも答えはないのに・5人しかいないのに・失敗しても特に困ることもないのに、その場は謎の緊張感に包まれていた。面白いくらいに謎で、緊張の根拠はただの空気で、でも簡単にそういうことで人がどきどきしてしまうことがとても興味深くて、ばかみたいで、なんでか魅惑的だった。それに、みんなこんなことで緊張するんだなってわかった。思い出すだけでふふふ、となってしまう(プログラム自体もすごくおもしろかったしまだまだ色々考えていけそうでうきうきする時間だった)

それで、私はすぐドキドキしてしまうし、臆病だし、でもそれでいいのかもと思った。世の中にはきっと私だけじゃなくて、たくさんドキドキしてる人、いるんだろうなとも思った。だから、同じようにドキドキしたり、バクバクしたり、人前に出るのがつらかったり、自分に自信が持てなかったりする人も、その状態を否定せずにたのしくやっていけるような、そういう経験ができたりすると少しは楽に生きていけるんじゃないかなんてことも考えた。考えたところで、つまり「こころのつよさ」は強要するものではないなと思った。根性、とか、いう時代でもないし。

自分を鼓舞するのは、強さに触れた時だ、と思っていたけど、好きなもの、心を動かされたものへの情熱がおおきいんじゃないか、それがいちばん今の所しっくりくるような気がする。好きなものは好きで、考えたいものは考えたくて、それが誰かの役に立ったりするととっても嬉しい。そうやっていきていく中でみつかる自分の矜持こそが強みと呼べるものなのかもなって。(ここでいう「強さ」と「強み」はちがう)

それで、自分の表現の先には、私と同じように自信がなかったり不安な気持ちになったり、ちょっとしたことですぐにどきどきしてしまう人が、何か共感するものを持てたり、少しでも心に火を灯せるようなものだったらいいのかも、なんて思ったり、した。

でも、勇気という言葉は好きだな。空気とおなじように目に見えないところもいいし、ゆうきりんりんっていうリズムはかわいい。


ウインナーコーヒーについて


ウインナーコーヒーが好き、ということに、薄々気づいてはいたんだけど、そんなにいつでも売っているものではないからあまり関わりをもたないようにしていた。年明けに地元のドトールでちょうど良いクリームの割合のウインナーコーヒーを飲んだ記憶から、先日新天町のドトールで注文しようとしたらメニューになく、聞いても「うちの店にはないです」と言われて心がぽっかり空いてしまい、それからその穴を埋めるべく近所をさまようもベストなものが見つからず、どうしてこんなにウインナーコーヒーのことばかり考えなければいけないんだと悶々としている。

ちなみにちょうど良いクリームの割合、というのは、「スタバのフラペチーノのようなぐるぐるとのせるソフトクリーム形状」ではなく、「ティースプーンに山盛り1杯くらいのあわ立てたクリームが乗っていて、少し飲めば下にコーヒーが見える」、ぐらいが私にとっての適切なクリーム量だ。飲んでも飲んでもクリームがなくならないものは少しつらく、コーヒーを飲んでいる気にならない。

そんなに飲みたいのなら生クリームを買って作ればいい、と思うけど、実際ウインナーコーヒーのためだけにホイップしてどうするんだとも思うし、そのためにケーキなど作るのは何か負けた気がする。さらに家にはハンドミキサーがないから、泡立てるのも一苦労、どうやらレモン汁などをいれて(調べた)作るようで、色々とにかくめんどうだ。

ただ、さらに調べたところによると生クリームはあわ立てた後に冷凍が可能らしい。つまり絞り出して冷凍したクリームを凍ったまま熱いコーヒーの上にのせてそれが溶けるのを楽しみながら飲むという最高な遊びができることは分かった。しかし、ケーキ作りの後に余らせたわけでもなく「ウインナーコーヒー」ただそれだけのために大量にクリームをあわ立て、絞り出し、冷凍するスペースを用意するのは独身の小さな冷蔵庫しか持たない私にとってもはや…もはや…と落ち込む。

10代の時に色々なコーヒーの飲み方の載った本をどこかで手に入れ、アイリッシュコーヒーやマシュマロコーヒーなどと一緒に並んでいたウインナーコーヒーが、長い年月を超えてここまで人を悩ませるほど扉を叩いてくるとは思わなかった。生クリームは、おいしいが、面倒臭い。とても…。


欲望の部屋


夢の中に出てくる自分の部屋は、だいたいいつも、ワンルームではなくもう一部屋あって、本棚が異様に大きくなっている。そして猫や犬と暮らしている。

そこが自分の部屋だと信じて疑わないから、起きた時にすこしがっかりする。

今暮らしている部屋には、基本的に満足してるし、良い部屋だと思う。のだけど、無意識に理想を投影しているんだろうな。もう一部屋あって、本棚や収納がもっと大きく(今の本棚も小さくはないと思うけど)下手したら壁一面にあって、猫や犬がいる部屋。

いつかそんなところで暮らせる日がくるのだろうか。まだ当分、先だと思う。生きているうちに叶うかもわからない。

今のペースで生きていると一生はとても短いように感じる。もっとたっぷり時間があれば、理想を一つひとつ叶えることもできるのだろうけど、全て叶うことはないのだろうなと思う。

同じ月にハワイと函館に行こうと行った親友は、もしかするとそれを知っていて、その事実に楽しく立ち向かっているのかもしれない。いやいやそれは無理だよ、物事には限度があるよ、と言っちゃったけど、そうやって願いを叶えるために動けてしまうことが、本当はとても羨ましいのだよ。


戯曲を書くことについていま考えていること


このように文章を書くときに、戯曲を書くときの脳みそを使えるのかというと、それはむずかしいような気がする。自分が文章を書く時に使うのはひたすらに語りであって、そこに対話があるかというと違うのではないか。私は一方的に紙、あるいはMacBookAirに向かっていて、その先にいる読み手のことを考えているかというと、ほとんど考えていない。とくにここに書いているのは、どちらかというと思考の整理みたいなものだから、基本的に対話を期待していない。

これが戯曲になったとき、登場人物同士は会話をしなければならないから、割と直接的なコミュニケーションをしなければならなくなる。さらに、それを使ってお客さんとコミュニケーションしてしまう。(もちろん無反応の場合もあるけど。)

よのなかの劇作家たちはどうやって戯曲を書いているのだろう。気になる。みんなどうやって、どうして、どんなはじまりで戯曲を書くんだろう。

もう一昨年のことになってしまうが、広島・アステールプラザの演劇学校で劇作家コースというものに通っていた。今まで好きで書いてはいたけれど人に学んだことはなかったから、しかも講師が喜安浩平先生ということで、ドキドキしながら通っていた。

ツイッターで呟いたり、何人かの人にはそこであったことを喋ったりもしたが、とても有意義な約半年間だった。なによりも自分が、戯曲を書くのが得意ではないのに書いていることがよくわかった。とにかく苦戦していたし、得意不得意で戯曲が書けるわけでもないのではないか、ということも感じた。

自分には「こうすればうまくいく!」ようなこともないとわかった。ストーリーづくりの本などを読めば、こうやってこうすればある程度うまくいく「型」があることがだいたいどの本にも書いてある。登場人物に●●させれば面白い作品を作れる。確かにそうだと思う。でも自分は「うんうん!おっけー!」と納得して戯曲を作る作業に入ることはできなかった。

もちろん型は無意識に使っているのだろうが、おそらく大量収集したあとに無意識まで落とさないと私は使えない。(技術的なところもあると思う)だからつまり今のところ、調べ学習をした後で熟考して、絶望して、書き直すしかない。

で、「面白い」作品を作りたいかというと、自分が書いているものは「面白さ」を売りにしてないような気がするし、すごいギミックなんてこさえられないし、そこにモチベーションは湧かない。

私が書きたい、やりたいのは、そっちではないとわかった。そしてそのために、「めちゃめちゃ考えなければならない」ということがわかったのが一番の収穫だと思う。

去年ちょうど同じ時期に、「まちがっても賞を狙ったり、面白くしようとしてうまく書くもんじゃないよ」と言ってくれる俳優がふたりいた。もちろん賞は、続けることができるのであればいつか死ぬまでにひとつくらいは頂けたらうれしいと思う。でもそのひとたちは「そういうことのためにやっているんじゃない」、を私よりも早い段階でわかっていて、言語化されていて、ありがたいなと思う。

さらに昨年の秋に再び喜安さんにお会いしたときの会話で、自分がなんのために演劇をするのかをけっこうしっかりと確認することができて、本当にありがとうございます。(その日、もみじ饅頭を買って新幹線で戻り、その足で稽古場に行ったら外は台風なのにもかかわらず人が集まっていた。)

学生の時にやった作品で、終演後お客さんからもらったアンケートの裏面に、その方が持っている複雑な家庭環境のことが書き連ねてあり、最後にありがとうございました、と書いてあった。作品を観て、なにかぴんと来たのかもしれない。演劇を、誰かのためにやるわけでもないけれど、演劇はコミュニケーションなので、ときどきお客さんからもらえる心を打ち抜くような返答が、つづけようとするひとつの理由ではあると思います。


すうがくぎらい


きょうの仕事で、情報の整理・種類分けすることが致命的に苦手ということがわかった。具体的な作業としては、「ゼロから表をつくる」というのがすごく、できなくて、すこし落ち込む。

文系理系でタイプを分けるのも時代錯誤なのかもしれないけれど、やっぱりどっちかというと自分は文系だと思う。小学生の時に父親に算数を習おうとして、突然「xを代入する」、というおそろしい呪文を教わったのだけど、エックスなんて、あまりにも日常になくて理解できなかった。もしx=1、が、りんご=1だったらよかったのか、いや、りんごは数えられるし、いや数えられた方がいいのか、など、無限に悩む。

12りんご+4=64 は、りんご=5

こうしてしまうと私は一体何をどうしてりんごに足したり引いたりしているんだろうと悩むから、やっぱりxの代わりはせめてyとかzなのだけど、xにくらべてyやzに親近感が湧くかというと、わかないよね…。


私はここに居ていいんでしょうかね


ある街で仕事を終えて、ひっそりとした個人経営のカフェでコーヒーを飲んで、さて帰ろうと駅に向かって歩いていたとき、知らないおばあさんから突然声をかけられた。

よく聞き取れずに近づいて「なんですか?」と聴くと、「私はここに居ていいんでしょうかね」と言われた。

熊本の、どこか、都会ではないけれど広い道路のあるまちだったと思う。周りに人はおらず、私はおばあさんを目の前にして何秒か固まった。

すぐに、おばあさんより若い女性がやってきておばあさんを連れて行ってしまった。私はおばあさんに、小さい声で「いいと思います」と返したけど、そのやりとりがなんともえんげきみたいで、思い切って言い返せなかったし、なんとなくおばあさんの反応を見ることもできなかった。

一年くらい前のことなのに、ときどき思い出す。元気にしているかな、もっと大きい声で言えばよかったなって思う。


すっ、と思いつくようになりたい


今年はできるだけさらっとアウトプットをしていこうと思う。特別な理由はないけど、考えないよりは何かを考えて手を動かしている時間が増えた方がいいと思うから。頭を使っている時間を増やして、もっと、スッといろいろ思いつけるようになりたい。すっと思いつくものがいいものとは限らないけど。

あと関係ないけど、すっとした役者になりたい。すっとした役者と会いたい。スッとしている人は立っているだけでいい。うらやましいなと思う。

今日駐車場で女の子がスキップしていくのを見かけた。あんまり軽々といってしまうので真似してみたかったが、今は腰がはちゃめちゃに痛くて、ちょっとむりだった。はやく腰治るといいな。