子どもの夏休みを追いかけて

子どもたちと演劇をつくる6日間が今年もおわった。今年も参加させてもらえて(3年目)とてもうれしいしありがたくて、終わるとやっぱり毎回さびしい。へたすると通常の公演よりもロス、のようなものになってしまう。子どもとの別れはもちろんさびしいし、アーティストメンバーと一緒に考えたりつくったりするのは自分にとって貴重な時間だから、それがおわるのもさびしいのだと思う。

子どもとのやりとりや、思わぬところから出てくる発想はとても楽しい。と同時に、かれらをすでに取り巻いている世の中のきびしさだったり、擦り込まれている常識だったり、大変なことが透けて見えてしまうこともあって、そういうものを些細な瞬間に目にすると、ちょっと胸が痛んだりする。

今年は、集まったメンバーの感じに合わせて、去年とはファシリテーションのやり方を変えてみたのだけど、最終日まで緊張(これは毎度だな)していたし、このやり方でよかっただろうかと不安になっていた。本当に楽しんでるかな?とか。でも、本番直前になげかけた言葉に対して子どもたちが率先してつながろうとしている姿をみることができてうれしかった。答えなんてないけど、考えつづけたいな。

そういえば、このワークショップの前に地元のプール監視のボランティアを少しだけ手伝っていた。ひたすら水をかけてくるボーイや、「やさしいひと」というあだ名をつけてきたガールがいたな。つまり、8月は本当にずっと子どもと一緒にいて夏休みを追いかけるような日々だったわけだ。

と、もうすでに終わったような気持ちになってるけど、昨日の夜がとても寒かったせいで、もう気持ちが秋になってるのかもしれない。すずしい日にデニムのジャケットを着てバイクに乗るのがたのしみ。

灯台とスプーンでは「夏休み夢日記」というあたらしい短編をつくろうとしている。熊本のDENGEKIで上演する予定。以前取材させていただいたある人の記憶と、子どもから浴びた夏休みのきもちをつないで、形にできたらいいなあ。